今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「2.個人視点×心からのアプローチ」として、「学習すること」について考えていきたいと思います。
学習すること
「学習」とは、個人視点のキャリア開発において、一番大事であるといっても過言ではないテーマです。第3回のコラムの「なぜ今自律的なキャリア開発なのか」「キャリアのオーナーシップ」で延べましたように、社会・経済の変化が非常に速い現代においては、現在所持している能力や知識はあっという間に陳腐化してしまい、次から次へ新しい技術が生まれてきます。そのため、常にアンテナを張り巡らせてビジネスや社会のトレンドを把握するとともに、一つよりは二つ、三つと他者よりも優れた技能や専門知識を身につけられるように学習する姿勢を持つことが大切です。
「学習」を考える際に、【出来ない社員の定義】という話をしたいと思います。以下、その定義を見てください。
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【出来ない社員の定義】
(1)主体性の無い人
(2)仮説を持たない人
(3)やった後を検証しない人
(4)仮説検証のサイクルを回しても、抽象化・教訓化することができない人
(5)自分が変わらなければいけないと思っても自分を変えることができない人
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まず(1)は、皆さんも当然のことと感じるでしょう。「言われたことだけしかやらない=考えていない」ということです。キャリア論でいえば、キャリアのオーナーシップを他者に譲ってしまっている人になりますね。
(2)と(3)の仮説・検証は、よく「PDCAサイクルを回す」という表現で用いられます。「もっと~(良い方向)にならないか」と考え、仮説を立てて実行し、その結果から仮説が正しかったかどうかを検証するプロセスです。
この仮説・検証サイクルは、仕事だけではなくスポーツ競技でも常に回していると考えます。相手のある競技中ももちろんのこと、練習中もどうしたら自分の技量が伸びるのか、体力が増えるのか、考えながらやるのが成長につながるからです。コーチが言ったことをただ実践しているだけでは、本番で力を発揮することができないでしょう。相手は、常に教科書通りには攻撃してこないからです。
(4)の「抽象化」というのは、一種の帰納法的判断ともいえると思います。いくつかの原因と結果が示されたとき、それらの事象に共通する相関を捉えることで、物事を理論化していきます。「教訓化」ともいえるでしょう。あるいは、「知識を知恵に変える」といってもいいと思います。この作業ができるかどうかで、仕事の効率性向上や広がりの可能性が大きく違ってきます。
最後の(5)ですが、最終的にはこの(5)が協働作業する上で一番重要なことかと私は思います。
過去の慣習や成功体験は、その人の判断基準に大きな影響を与えます。また動物もそうでしょうが、人間は変化に対して基本的に恐れを持ちます。今まで上手くいっていたことが、方法を変えることで上手くいかなくなることを、極力避けたいと思うのは当然です。しかしながら、学習して現状のやり方が好ましくない、あるいは間違っていると気づいたとき、たとえ変えるには労がかかり試行錯誤もしなければならない、と分かっていても、それを乗り越えて自分を変える勇気を持たなければ、自分だけ取り残されてしまいます。特に影響力の強い上位者自身に柔軟に変えていく腰の軽さが無いと、その組織はガラパゴス化してしまうでしょう。必要に応じてアンラーニング(=学習棄却)することが大切なのです。そして変化対応には、勇気と覚悟が必要なのだろうと思います。
さて、「学習」を考える際に、また違った視点から考えてみたいと思います。
心理学は、人間の心を科学で捉えようとする歴史であるともいえるのですが、目に見える行動を通して人間の心を捉えることを主眼とした「行動主義」や「認知主義」は、「学習」と深いつながりがあります。これらを説明する前に、少しだけ心理学の歴史について触れてみたいと思います。
記憶研究で有名なエビングハウスという心理学者が、「心理学の過去は長いが歴史は短い」という言葉を残しています。誰もが人間の心に興味や疑問を持って生きてきたわけですが、心を科学で捉えようとする試みは最近のこと、という意味です。現在では、ヴントが1879年に心理実験室を創設したのが心理学の始まりと言われています。その後にフロイトやユングが「精神分析」という、無意識の世界に対してのアプローチをしました。寝椅子にクライエント(=患者)を寝かせて、何でも思い浮かぶことをしゃべらせて心の解放を目指したフロイトの自由連想法は有名ですね。
「精神分析」の後に心理学の世界は、「行動主義」全盛となります。客観的測定が不可能な無意識の世界にフォーカスした精神分析に対し、行動主義は、直接観察可能な行動を研究対象とし、「刺激―反応」の構図を解明することを目的としました。つまり人間は、「刺激」を受けて「行動」に移す受動的な存在であり、「刺激」を制御することによって「行動」を変えることができると考えました。強い刺激を頻繁に与えれば更に行動は促進する(=強化)とか、刺激を与えなければ行動は弱まる(=消去)などの考え方が代表的なものです。無条件反射のレスポンデント条件付けが有名ですね。
その後、人間は刺激が無くても行動を起こす主体的な存在であり、自らが起こした行動に対して更なる強化を行うことで、その行動が促進される「オペラント学習」が理論化されました。
これらの「行動主義」に対し、現代の主流は「認知主義」に変わってきています。「刺激―反応」パターンは基本ではありながら、人間は刺激を受けた後に機械的に反応するのではなく、過去の情報を呼び起こし(=記憶)、それが「良い」ものか「悪い」ものかを判断し(=認知、感情)、行動に移す(=行動)という脳内の一連のプロセスを踏んでいる、と考えるものです。一種コンピュータの入力から出力までの流れを示しているのと酷似しています。この「認知」の部分に偏りがあると、求められる行動につながらないため、認知こそが心理学でいうキーポイントであることを「認知主義」はうたっています。
さて「学習」に戻りましょう。
行動主義では、ある刺激(S)に対して反応(R)するS-Rに注目して、どのようにしたら好ましいRを引き出すことができるのかを考えました。但し、同じS-Rでも人によって学習効果が異なってくることを考えたクラーク・ハルは、刺激と反応だけではなく、その間に介在する有機体(Organism)が学習効果に大きな影響を及ぼすことを提唱しました。それがS-O-R理論です。Oは、人間・動物など生物個体に特有の内的要因であり、器質的、遺伝的、性格などの要因を含むと言われています。人それぞれの内的な特徴によって、刺激に対して反応が変わるということは、刺激を発する環境の側の影響を制御することによって、学習効果を変えることができることも意味します。この環境要因による成長の違いについては、集団視点のキャリア開発にて詳しく述べたいと思います。
さて、人間は自らに直接影響のある刺激に対して認知を通して何らかの反応をするわけですが、直接影響のある刺激しか学習根拠にならないのでしょうか。
アルバート・バンデューラは、直接の刺激だけではなく、他者が経験していることを観察することによっても人間は学習できる、という観察学習について提唱しました。これらの代理学習を総称して「社会的学習」といいます。社会的学習とは、「他者の影響を受けて、社会的習慣、態度、価値観、行動を習得していく学習」のことです。私たちは、直接経験できることは確かに尊いし、とくに苦しい経験は自分のバネになることも多いですけれども、直接経験は時間的に有限です。ですから、読書や他者の意見の拝聴、ネットやテレビの情報などを通して代理学習を行い、他者の経験や意見を自分の中で組み立て、それらの刺激をと自己の経験を織り交ぜて持論を作っていくのです。
また、学習(=インプット)したら、何らかの形でアウトプットすることも大切です。特にビジネスの世界においては、修得しただけでは実際にその知識やスキルを使えることにはなりません。自分で咀嚼して、他者に教示できるようなアウトプットができて初めて、自分のものとなるのです。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。