今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「2.個人視点×心からのアプローチ」として、「成長角度をしっかり作る」、「能力観について」について考えていきたいと思います。
成長角度をしっかり作る
今回は、「成長角度」というテーマでキャリア開発を考えてみたいと思います。図1をご覧ください。成長角度とは、時間と成長度合を2軸にとり、時間の経過とともに成長度合がどれくらいかによって示された三角形の角度の大きさです。要は、成長のスピードであったり量であったりするものです。
社会人になって間もない若い頃は、成長角度が大きくても小さくても、三角形で表される面積はあまり変わりません。しかしながら、時間が経過すればするほど、成長角度の大きさによって、成長面積が比例して変わってくることが分かります。これはすなわち、若い頃にはあまり成果のみを焦らず、しっかりと自分自身の歩むべきスタンスを固めていくことが大切である、というメッセージでもあります。
現代の若者は、とかく目標に向かって最短距離を走ろうとする傾向が強いと聞いています。具体的な仕事の実務は逆算による最大効率化を求める手法で良いのでしょうが、仕事は実務だけではありません。方向性をじっくり考える時、新しい価値を生み出す機会を狙う時、同僚と話し合い「正解」よりも「納得解」を求める合意形成をする時など様々な場面があるのですが、すべて「効率」や「自分が考える正解」に突っ走るだけでは、先ほどの成長角度は薄っぺらいものになってしまいます。若いときにこそ、回り道かもしれないけれども、思考や経験の蓄積の過程を大切にしてほしいと思っています。
成長角度について考える時、どんなスタンスで仕事をしていけば良いのか、たとえ話を使ってお話したいと思います。
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煉瓦積み職人のたとえ話
(この話に出てくる三人のレンガ職人は、三人とも『レンガを積む』という、全く同じ仕事をしています。)
旅人が3人のレンガ積み職人に出会います。
●1人目のレンガ職人
「見ればわかるだろう。レンガ積みをしているんだ。朝から晩まで、俺はここでレンガを積まなきゃいけないのさ。雨の日も寒い日もどんな時も一日レンガ積みさ。体もボロボロさ。」
●2人目のレンガ職人
「オレは、ここで大きな壁を作っているんだ。これがオレの仕事でね。この仕事のおかげで俺は家族を養っていける。」
● 3人目のレンガ職人
「歴史に残る偉大な大聖堂をつくっているんだ。ここで多くの人が祝福を受け、悲しみを払うんだぜ!素晴らしいだろう!」
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同じレンガを積んでいても、ただ機械的に作業をしているのか、あるいはその仕事の背景にある意味とか目的を考えて仕事をしているのか、その違いは時間が経過すればするほど、大きな相違となって表れてくるものだと思います。
能力観について
続いて、2つの能力観について触れてみたいと思います。
キャロル・ドゥエック博士は、「人生で成功している人の特徴」として、「増大的知能観を持っている」ことを示しました。
知能観には2種類あります。固定的知能観と増大的知能観です。
固定的知能観とは、人の知能はあらかじめ与えられたものであり、それ以上に高まることはないという考え方を指します。この知能観を持つ人は、自身の失敗を能力不足のせいにする傾向があります。この知能観を主とする人は、失敗したくないので、自分ができそうもない課題に対してはチャレンジしなくなります。自分が成長できない理由を、自分で作ってしまっているのです。一方、増大的知能観を持つ人は、自分の能力は有限ではなく、経験や努力によって磨かれるという考え方を指します。失敗したときに「努力が足りなかった」など、自分の行動に問題があったと考える傾向があります。
行動に問題があるなら、次は行動を改めればいいだけですから、この知能観を持った人は、失敗を自分の成長の糧にできます。
また固定的知能観を持つ人は「遂行目標」を立てやすく、増大的知能観を持つ人は「熟達目標」を持ちやすいとドゥエック博士は言っています。
・遂行目標:
遂行の結果を重視した目標。他人との比較を前提としている。目標を達成することに対して自分でコントロールができない。他者よりもできることを目指す。他者よりもできないことを避ける。
・熟達目標:
具体的な行動やスキルの向上を目標とするもの。自分の能力が拡大したかどうかに焦点があてられることになり、自分自身がコントロールできる。以前の自分よりもできることを目指す。
この目標の立て方を見てもお分かりの通り、固定的知能観と増大的知能観の持ち主の大きな相違は、「自分に対する評価軸をどこに置いているか」ということです。他者からの評価をあまりにも気にし過ぎると、本来自分自身が与えられている才能や個性(=タレント)を上手く使うことができません。
「行動する前に考える」というのは、ビジネスパーソンにとって必要な思考法ですが、これはあくまで実務を行う際の鉄則であって、物事を効率的に行う必要のある仕事に関していえることです。これに対し、目に見えない内的な部分を大切にするようなキャリア開発においては、相応の試行錯誤も必要であり、間違っていたら修正して歩み直せばよいわけで、「行動してみないとわからない。行動してみて今まで見えていなかった世界を見て、改めて考え直す」という適切な修正主義こそが大切です。そのための基本的な考え方として、私たちは「増大的知能観」を身につけることが大切だと思います。
「躓くことは良いことです。前に進んでいるから躓くのであって、前に進んでいない人は躓かないからです。」という言葉は、苦しいときでも常にチャレンジャーでいたいと思う私の座右の銘になっています。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。