前回のコラムでキャリアの定義をご紹介しました。ここでは、近年のキャリアの考え方はどう変化してきているのかについて、考えていきたいと思います。
なぜ今自律的なキャリア開発なのか
平成初期の頃からの日本の歩みは、「失われた20年」と言われてきましたが、その後更に10年が経過してしまい、日本は直近30年程のGDP推移をみてみても、ゼロ成長を続けていることがわかります。
戦後に急成長した先進国家である日本は、昭和の成長期から平成の成熟期を迎え、令和の現在、道路をはじめとした物理的な建築物はもちろんのこと、財政、社会保障、教育などの各分野において、成長期に作ったモデルに様々な疲労を起こし始めています。
現代は、変化が激しく「過去の成功は未来の成功を保証しない」時代であるともいえます。でも変化対応が必要であると言いながら、一方ではそもそも人間は「変化」に対してストレスを感じ、ある面では恐怖すら感じるものです。ですから、IT世界が浸透する少し前までは、少なくても過去からの仕組みと経験による成功モデルを自ら壊しにいくような冒険をする必要もなかったし、過去の成功の延長線上を歩むことが「是」でした。
けれどもIT世界が浸透し始めると、いままで顔の見えなかった「声なき声」であった市民が表に出ることが簡単にできるようになり、価値観の多様な変化好きな市民の声が、企業の方針やあり方を左右するようなことが起こってきました。商品のライフサイクルは短くなり、国境という垣根を越えてコモディティ化が進み、資本は儲かるところへどんどん流れていくようになりました。各国で法人税率をこぞって低下させて多国籍企業を誘致し、一方で税収不足を消費税で補うような転換をもとめられてきたのも自然の流れと言っていいでしょう。過去にアルビン・トフラーが『パワーシフト』の中で著した流れが現実のものとなってきているわけです。
このような変化の激しい流れのことをVUCAと総称して表しています。
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VUCA
V : Volatility 変化が激しい
U : Uncertainly 不確実
C : Complexity 複雑
A : Ambiguity 曖昧模糊
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このVUCAの時代に私たちは生きているわけですが、その中で一番覚えておかなければならないことは、今までに獲得してきた知識やスキルは、VUCAの流れの中ですぐに陳腐化してしまい役に立たなくなってしまう可能性が高い、ということです。
少し古い話になりますが、インターネットが普及する前は、航空機のチケットを予約するために私たちは、旅行代理店を経由して予約していました。旅行代理店は、旅行者と航空会社の間に入ることで、そのサービスの見返りにマージンを得て業をなしていたのです。ところが、インターネットの普及で旅行者自身がネット予約を行い、クレジットカードで支払いを行うことができるようになると、旅行代理店をバイパスするようになります。チケット販売を主業としていた旅行代理店がビジネスの世界から撤退せざるを得なくなったわけです。インターネットという通信インフラの整備が、ビジネスモデル自体も変革してきた一例といえるでしょう。
オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が2013年に「未来の雇用」という論文を発表したのですが、その中で同教授は、「コンピューターの技術革新がすさまじい勢いで進む中で、これまで人間にしかできないと思われていた仕事がロボットなどの機械に置き換わっていくことを想定すると、この10年から20年の間に約半数の雇用者が仕事を失う」と発表しました。それだけデジタル化の流れは大きく早いものであるということです。
「デジタル・ボルテックス」というデジタル化の加速で諸業界がどのようにその渦に巻き込まれていくのか、IMDとシスコの共同で取り組んだレポートを読むと、更にその信憑性が増してきます。
このようにビジネスの在り方自体が常に技術革新の波に揺り動かされるような時代にあって、私たちは自分の「キャリア」をどのように考えていったら良いのでしょうか。
キャリアのオーナーシップ
キャリアは、私の定義でいえば、「自分自身に与えられたタレント(能力・個性)を、いかに自分と他者の幸せと成長に活かしていくか、その歩み方自体のこと」となるのですが、その歩み方というのは、何に基軸を置けば良いのか、もう少し深掘りしたいと思います。
一昔前は、「就職」というよりは「就社」という考え方が根強く存在していました。新卒でどこの会社に就職するか、それでその人の一生が決まってしまう、そんな感じでした。その視点で考えると、「キャリア」というのは、たとえ個人の意にそぐわない命令であったとしても、辛抱強く会社に従っていけば、最終的には会社が待遇も面倒見てくれるし、キャリアも自動的に授けてくれる・・・そのように考えられていました。ですから、社外競争よりも社内競争への関心が非常に高いといった本末転倒な状況も歴然とあったわけです。
でも、キャリアを会社に預ける時代はすでに終わっているのです。会社は個人の終身雇用を保証することもできなければ、キャリアを丸抱えして社員を育てるようなこともできない。それは、日本国でさえ「成熟」を通り越し、10年先も見えにくいような中で、一企業の将来の業績保証など、どんな大きな会社でも不可能であると思いますし、どんな会社でも先が見通せない混沌とした状況に不安を抱いているのが現実だと思います。
そういう状況では、キャリアのオーナーになるのは、会社ではなく自分自身であるべきでしょう。自分が自分のキャリアのオーナーになって、常に自分のキャリアについて考え、必要な学習を積み重ねていくことが大切になるのです。そしてその学びは、組織内だけで通用するスキル習得だけではなく、専門を含めた幅広いジャンルの書籍・文献の購読、そして社外の様々な業種の方々との情報交換を通じて、経済・社会の状況や今後の動向について幅広く認識し、広い視野で自分自身の今後の立ち位置や役割を考えていくことが大切になってくると思います。「組織内キャリア」ではなく「生涯キャリア」を作っていくことが必要なのです。ここに一つの基軸があると私は思っています。
またその基軸をさらに確固なものとするため、自己理解を深めることも大切であると考えています。「自分とは××××な人間です」という自他ともに共通する自己認知のことを「アイデンティティ」といいます。このアイデンティティですが、エリク・エリクソンの生涯発達心理学の視点でいえば、青年期に確立するもので、青年期以降はあまり変化しないものといわれていました。けれども、これだけ変化の激しい現代においては、アイデンティティは中年期になっても壮年期になっても、何度も問い直されるものと考えて良いでしょう。学び直しをして脱皮を繰り返す中で、自分らしさというものを節目節目で考える機会が増えてきていることは、当然のことと思います。
このような個人の成長思考の変化に対応すべく、会社は社員に対し、「殻の保護」から「翼の補強」へ処遇・育成を変えていかなければならないと思います。テンプレートを用意し会社人間を作るのではなく、学ぶ姿勢を持っている社員に対し、学習の機会を提供することを約束する会社こそが、これから生き残っていく会社なのだと私は思います。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行などを経て、現在は人事・経理・情報システム等の管理部門の責任者として経営補佐役を務める。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。