今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「2.個人視点×心からのアプローチ」として、「発達心理学的考え方」について考えていきたいと思います。
発達心理学的考え方
今回は、個人視点のキャリア開発の最後のテーマとして、発達心学的な考え方をシェアしたいと思います。
発達心理学とは、人間の誕生から死に至るまでの心身の変化を研究する心理学であり、1980年代頃までは、その過程を「成長」に注目して捉えていました。フロイトやピアジェに代表されるように、発達理論も青年期が最終段階となっていて、乳幼児期から青年期までが主な対象となっている一方、壮年期から高齢期は「発達」というよりは「能力の低下」という見方がなされ、あまり注目されていませんでした。けれども近年は、生涯発達という視点で、人間の誕生から死までをその対象として考えるようになってきました。
その一つの象徴として、「流動性知能」と「結晶性知能」という2種類の知能の考え方があります。心理学者キャッテルによって提唱された理論です。
流動性知能とは、新しい場面への適応を必要とする際に働く能力で、記憶・計算・図形・推理など空間能力、速度に関する知能のことです。20歳代前半にピークが訪れ、徐々に低下していくといわれています。
一方結晶性知能とは、過去の学習経験を高度に適用して得られた判断力や習慣であり、流動性知能を基盤とするけれども、経験の機会などの環境因子や文化因子に強く影響されます。主に言語能力や知識に関する知能であり、能力のピークに達するのは60歳代であると言われています。
加齢に伴い、確かに記憶や計算能力、処理スピードは低下しますが、高齢化は能力全てが低下して生物としての衰退過程を歩むというのではなく、結晶性知能のように高齢期まで伸びる能力もあることを理解するとともに、上昇や下降という見方ではなく、生涯を通じた様々な「変化そのもの」を発達と見做していく捉え方をしているのが発達心理学です。
発達心理学の先駆けとしては、ユングの「人生の正午」という中年の危機についての言葉が有名です。
ちょうど40歳頃になると、身体や能力などいままで順調に「できた」ことが、できなくなってきたり時間がかかったりしてきます。
例えば、視力にしても、早い人は老眼の兆候が出てきたりします。時計のように午前中は上り調子で上がってくるものの、午後になると下る感じなる、40歳はちょうど正午のような感じだというものです。午前は、東側を向いて太陽が昇るのを見ていたとすると、そのまま角度を変えないで太陽を見ていると自分の身体がひっくり返ってしまいますから、午後は西を向いて太陽を見るわけですが、そうすると今まで気が付かなかった自分の影の部分が見えてきて、人間的な成熟度が増してくる、そんなイメージを表す言葉です。その正午で正しく方向転換をしないと、成熟や収穫のステージに入ることができないのです。
フロイトやピアジェが精神機能や知能に焦点を当てた発達論を展開する一方で、このユングを始め、エリクソンも「生涯発達心理学」という社会生活の視点を採りいれて人間発達を捉えた一人でした。
エリクソンは、人間の生涯を8つの段階に分け、各段階での「課題」を示しました。そしてその「課題」を克服できれば健康的に生きられ、できなければ挫折を感じたり希望を失ったりして、次の段階にうまく進むことができないと説きます。
この中で特に重要と思われる点を2点取りあげます。
一つ目は、青年期における課題の「自我同一性」と「同一性の拡散」です。これはアイデンティティの確立を問うているものです。アイデンティティとは、キャリアのオーナーシシップでもお話ししたように、自分でも他者からも、「自分とはこういう人間だ」という認知が一致してなされたときに確立するもので、エリクソンはそれが青年期の一番の課題であると提唱したのでした。(変化のあまりにも激しい現代では、アイデンティティは、青年期に限らず、その後も何度も作り替えられていくことが十分にあると言われています。)
アイデンティティが確立していないと、社会生活に適応していく中で、環境に振り回され、自分自身が見えなくなってしまいます。キャリアの世界でいえばキャリア・アンカーに相当するものです。そういう意味でも、自己理解を深めることは大切であるといえます。
二つ目は、壮年期の「生殖性(世代性)」と「停滞」です。世代性は英語では generativityと訳されますが、自分の成長とか利益ばかりでなく、自分の子どもはもちろんのこと、今後の社会を担う若い世代の人たちに、いかに自分が経験して培ってきた大切なものを伝えていくか、という視点です。一種のバトンをいかにうまく渡していくのか、というバトンリレーの世界です。バトン渡しは、早すぎてもいけない、保持しすぎてもいけない、相手の能力やスピードに合わせて丁寧に渡してあげることが大切ですね。この視点をもって壮年期を過ごせるかどうか、最終の高齢期での充実にも繋がっていきます。
発達心理学でもう一つ、レビンソンの「人生の四季」についてお話ししたいと思います。
レビンソンは人生を四季になぞらえ、季節が変わる過渡期に主に危機が訪れる、という理論を提唱しました。
児童期・青年期から成人期になる17歳~22歳に初めての過渡期を迎えます。その後、人生半ばの過渡期(40歳~45歳)、50歳の過渡期(50歳~55歳)、老年への過渡期(60歳~65歳)があるとしています。
現代の社会生活・年代と必ずしもマッチしていないとも思いますが、人生ステージの大きな変化がある節目の時期に、解決していくべき自分の人生の課題があるという意味では、エリクソンの理論と通じるものがあります。
「人生における「物事の変化」には、必ず出発点があり、混乱した期間を経て到達点に達する」といったのはウィリアム・ブリッジスです。
ブリッジスは、何かが終わって次が始まるまでの時間を「ニュートラル・ゾーン」と呼び、その期間は、終わろうとしている現在の環境に足を突っ込みながら、一方でまだ地に足が付いていない新しい世界への期待と不安を感じる、まるで嵐のような世界であると言っていて、そのニュートラル・ゾーンは人によりまた物事により、数年かかることも稀ではないと言っています。但し、そのニュートラル・ゾーンでは正しく悩み考え行動することが大切です。うわべだけの新しい生活やステージが始まっても、前のステージを正しく終わらせて、自身の内面が正しく変わる準備ができていないと、いずれは新しい環境に不適応を起こしてしまう、としています。
人生において変化はつきものです。でも節目において、変えられるものは変える勇気を、変えられないものには忍耐する力を、変えられるか変えられないかわからない場合には、それを判断する知恵を持てるよう成長していきたいものです。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。