今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「2.個人視点×心からのアプローチ」として、「認知の癖」について考えていきたいと思います。
認知の癖
今回は、「認知の癖」という視点でキャリア開発を考えてみましょう。
たとえば、初めての土地に行ったと仮定して、その街を把握する思考をするとします。初めのうちは、見るものすべてが初めてのものなので、本当に正しく目的地に向かっているのか間違った方向に進んでいるのかわからず、何度も何度も地図を見て確認作業をするでしょう。けれどもだんだん慣れてくると、地図を見なくても、だいたいの地形が頭の中に入ってくるので、多少道に迷ったとしても、極端に見当違いなコースに逸れてしまうことはなくなります。最終的には、別の考え事をしていても、足が勝手に動くような感じになりますね。普段の通勤経路などがその例で、車の運転の慣れも同様なことと思います。
人間には、思考をする際に2種類のタイプがあります。一つは「アルゴリズム的思考」で、もう一つは「ヒューリスティック的思考」です。
アルゴリズム的思考とは、初めての土地に来た時のように、逐一曲がり角では地図を見ながら正しい方向を探すような、○か×かの判断を全てにわたって行いゴールを目指す思考です。コンピュータ的思考ともいえるでしょう。この思考は間違いが起こりにくいという意味では優れていますが、解答を導き出すのに時間とパワーがかかります。
一方、ヒューリスティック的思考というのは、物事に慣れてきて、自分が思考のためのパワーをあまり使わなくても正しい答えを導き出すような、省エネ型の思考です。いつも通っている通勤経路は、歩みを進めるときもほとんど考えていないですよね。このヒューリスティック的思考は、エネルギーは省けるけれども、思い込みによる間違いが起こる可能性が高くなります。
人間は、自分の脳を維持するために莫大なエネルギーを使っていますので、比較的安心安全な環境で慣れた物事への判断は、なるべくショートカットをするようにできています。また、とっさの時の危険の判断も、過去の苦い記憶や体験を即座に思い出し、いち早く身構える危険回避のモードに入ることができます。それをせずにいちいちアルゴリズムで考えていたら、危険を回避することもできないでしょう。
但し、その人間らしい認知の癖は、実は誤った思考を生み出す原因ともなっています。
例えば、「男は料理をしても片づけない」とか「女は口ばっかり達者で中々行動に移さない」などのジェンダーによる差別的な見立てもその一例でしょう。現代では、男性が料理するのも当然のことで、すべての男性が料理しても片づけないわけではありません。また、全ての女性が口達者であるわけではありません。寡黙で行動力のある人もいます。
上記の例はまだ軽い例なのかもしれませんが、このような偏見は、人種差別などの根深い社会問題の芽ともつながってきます。文化的に刷り込まれてきていると、簡単にはその人の認知を変えることは難しいのです。このような多くの人に浸透している固定観念や先入観、思い込み、認識などの類型化された観念のことをステレオタイプといいます。
また、普段から自分に身近なこと、また自分の過度な成功体験に基づいたことなどは、他の思考に比べて自分が効き手とする思考になっています。ある刺激に対して無意識のうちに優位に浮かんでくる思考を「自動思考」と言いますが、先ほども述べましたように、この自動思考はエネルギーを省力化する半面、しっかりとした検証を加えていないために間違った判断につながらないとも限りません。このような思考の癖を把握しておくことが社会生活を送る上で大切なことと思います。
認知の癖に関し、クルト・レビンが教えてくれた理論について触れてみたいと思います。
「場の理論」と呼ばれるもので「B=f(P・E)」という公式で表されます。
場の理論の公式——————————————————–
B=behavior 行動
P=personality その人の個性、性格
E=environment 環境
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これは、『その人の行動は、「個性や性格」と「環境」の2つの要素の掛け算によって決まる』というものです。
よく、「彼は、性根がそういう奴だからこんな悪いことをしたんだな」という見方をする場合があります。もちろん、その人の根が腐っているような場合には、そうでない人と比べて社会に反するような行動に出やすい、というのはあるかと思います。但し、そのような行動に出てしまうのは、personalityだけが原因ではなく、その人が置かれた環境にも大きく左右される、ということを私たちは考えなければなりません。
汚い部屋に生活をしていれば、少しくらい片づけをしなくても気になりません。でも常に部屋をきれいにしておけば、ごみが一つ落ちていても気になるものです。会社組織も同じで、その人のパフォーマンスが上がらないのは、その人の能力の問題はありますが、その人をやる気にさせて戦力化するような雰囲気や働きかけをマネージャーができているかどうか、その環境要因も大きいのです。
認知の癖でもう一つだけお話しします。認知の偏りの一つに二極化思考(白黒思考)というものがあります。これは、全ての物事を「正しい」か「間違っている」の2者択一にしてしまうような認知のことです。色でいえば、白か黒しかない状態です。
二極化思考は、一見すると合理的な判断のように見えますが、実は他の色を受け入れないという意味で、全てを「好き」か「嫌い」、あるいは「敵」か「味方」に強引に振り分けてしまう極端なものです。色彩にも多種あるように、人間も人それぞれです。だから正義は一つではなく、人の数だけ正義はあるのです。白と黒の例でいうなら、「グレー」という存在は曖昧でカウントしにくいものかもしれませんが、ある意味社会生活をする上では、多種のグレーが存在するわけですから、それに耐えられるような胆力を持つことも必要となってきます。他者との相違を受け止めつつ、それでも前進するために、誰かの正解ではなく、当事者たちの納得解を作ること、社会生活ではそういう認知~行動が求められるのだと思います。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。