本コラムでは、当社コンサルタントの武田が、「キャリアエッセイ~自分のミッションを求めて~」と題し、キャリアを考える上でのヒントをご紹介させていただきます。今回は、「クリティカル・マス」をテーマにお伝えします。
クリティカル・マス
私たちは、何かの習い事や、資格取得の勉強、また語学学習など、スキルを身につけるためにチャレンジすることも多いと思います。
一旦は始めるものの、途中で気持ちが続かなくなったり、他にやらねばならないことができたりして、継続するのは中々難しいものです。ただでさえ、ストレスフルな日々の生活の合間を縫って自分にチャージするのは、よほどの必要性があるか、あるいは将来に対する期待が大きいなど、優先順位が上がるような要素がなければ挫折しがちです。
「クリティカル・マス」というのは、必要最低限の投入量のことを言います。
例えば、語学学習でも、母国語でない言語をコツコツと習得していたとしても、いざ通訳をするような場面に出くわすと、相手方の発音の癖や教科書に全く記載されていない表現などにとまどい、普段の勉強の成果が発揮されないこともあります。私のケースではありますが、「いくら勉強しても自分には無理なんだ」と、落ち込んでしまうことも多々ありました。
しかし、そんな苦しい中でも学びを継続していたときですが、ある通訳の機会があったときに、理由は良く分からないのですが、いつもの苦しい機会と違って、なぜかゲストの話す英語の内容がすーっと頭に入ってきて、自然と訳すことができたりすることもありました。そんなときはとてもうれしくて、一人になったときにガッツポーズをして自分を褒めたりしていました。
何ごともそうだと思うのですが、努力なしに成果を得られる人間は稀で、他者よりも優れた成果を上げるためには、その人間が何等かで人よりも努力して、その結果を勝ち得ているのだと思います。
まずは必要最低限の努力投入をしなければ、成果に通じるドアを開けることができないのです。その最低限度の投入量のことを「クリティカル・マス」と言います。この投入量は、人によっても違うし、環境によっても異なりますので、一概にどのくらいと数値化することはできません。
一昔前は、「石の上にも3年」という言葉がありました。少しぐらい嫌なことがあっても、少々腰を落ち着かせて働いてみなければ、良いところも悪いところも分からない、という新人向けの言葉です。これは、「3年間」という期間の意味もあるのでしょうが、「とにもかくにもクリティカル・マスを超えるところまでやってみましたか?」という問いと同じだと思います。
自分に対しても、このラインを超えた経験を積み重ねなければ、自己肯定感も得られないし、経験値として次のステップで活かすこともできないでしょう。
一歩踏み出さなければ、現在いる立ち位置では見えない世界もあります。不可能を可能にするのは努力であり、一歩踏み出す勇気なのだと思います。
踏み出すことは怖いことでもありますが、自分に負けずに前を向きたいです。そこに、自分にしか作れない、個性的なユニークなキャリアが宿るのだと思います。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。