「自分らしいキャリア開発」について、個人視点と集団(組織)視点の2つの視点から、またそれぞれ形(目に見えるもの)と心(目に見えないもの)のアプローチに分けて考えてきました。
エピローグとして、大きな視点から考えてみたいと思います。「キャリアコンピテンシー」、「プランドハップンスタンス」、そして「自分株式会社の運営」という視点で、自分たちのキャリアについて思考を深めていきたいと思います。
キャリアコンピタンシーとは
「キャリアコンピタンシー」という能力は、「どのような状況にあっても、自分をさらに継続的に高め続ける能力」のことを指します。「能力」とは保有能力ではなく、実際に成果や価値を生み出す能力のことで、物事に対する姿勢、こだわりや行動の特徴に現れます。
具体的には、以下3つの能力を指します。
・対自己調整能力
・自分の価値観、基準を持つ。
・能動的に物事にコミットする。成長意欲を持つ。
・自分自身のメタ認知を行える。与えられている役割を理解できる。
・対他者調整能力
・アサーティブな対話ができる。
・周囲への配慮、信頼を獲得する力をもっている。
・対環境対応能力
・複数の専門性(第二、第三専攻)を持っている。
・変化をチャンスととらえる力、必要な時に変わる勇気を持っている。
・学び直しを常に行っている。
この3つの能力を培い、自分を継続的に成長させていく過程で、自分らしいキャリアを磨き上げていくことができるのです。
プランドハップンスタンス
自分らしいキャリア開発をしていく際に必要な姿勢として、「プランドハップンスタンス」理論をご紹介しましょう。
この「プランドハップンスタンス理論」は、米国のJ・クランボルツが、新しいキャリア理論として20世紀末に提唱したものです。
この理論が認知される前は、自分のキャリアは自分自身が意図的に職歴を積み上げて作り上げるものを考えられていました。即ち、自らゴールを決めて、そこから逆算して行うべきことを一歩一歩積み重ねていくものと考えられていました。確かに、会社内で修得する会社固有の知識やスキルなどは、このような逆算型の思考と熟達で達成していくものと考えられます。
けれども、今回のコロナ感染対応など、今まで誰も経験しなかったようなことが生じる変化の激しい時代にあって、あらかじめキャリア形成の計画をしても、計画通りに進捗できるかどうか未来は見えにくいですね。また変化が激しいがゆえに、予想していなかったチャンスを逃してしまうことにもつながりかねません。
このプランドハップンスタンス(=計画された偶然理論)では、個人のキャリア形成をもっと柔軟に捉えましょう、と言っています。
そもそもキャリアの8割は、自分自身で積み重ねたというよりは、予期せぬ偶然が重なり出来上がったものであり、その予期せぬ偶然を上手く自分のキャリア形成に活かすために、物事に対して、好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心を持ってアンテナを張り巡らせる姿勢こそが大切である、と同氏は教えてくれました。
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プランドハップンスタンスに必要な5つの行動指標
好奇心:たえず新しい学習の機会を模索し続けること
持続性:失敗に屈せず、努力し続けること
楽観性:新しい機会は必ず実現する、ポジティブに考えること
柔軟性:こだわりを捨て、信念、概念、態度、行動を変えること
冒険心:結果が不確実でも、リスクを取って行動を起こすこと
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私自身の職業や学びの軌跡を振り返ってみると、自ら頑張って切り開いたと思える部分もありますが、偶然にも幸運が巡りあって実現したことも多くあることに気づかされます。一番の偶然は、キャリアカウンセラーの学びの機会をたまたまネットサーフィンで発見したことかもしれません。その15年前の出来事を機に、学びの方向性も変わってきましたし、自分自身のアイデンティティも、周囲の社外人脈も、将来の夢も、すべてが大きな転換点になったことを感じています。
その中でも、社外の先輩方や友人と様々なお話しをさせていただいたり、またプロジェクトとして一緒に仕事させていただいたりしたことは、私の過去のからの成長の後押しとなったばかりでなく、将来の進路についても色々なチャンスをいただけていると感じています。
自分株式会社の運営
皆さんとともに、自分らしいキャリア開発について考えてきました。最後に、自分自身がキャリアのオーナーとして、いかに「自分株式会社」を運営するのか、皆さんとともに考えてみたいと思います。
すでにお話ししましたように、「キャリア形成の主導権を会社に預けて、ただ会社の指示通りに自分を適応させていけば、相応の安定が見込まれる」という時代は過去のものとなりました。それは、近未来の国家像を描くのすら難しい現実がある中で、各民間企業が一生涯の従業員の雇用を保証することなどできるはずもありません。また人生100年時代を迎えて、一つの企業で終身働くというよりは、自分の個性や能力を色々な人生ステージで発揮するために、個人が複数の働くコネクションを持つようになるのは、それほど遠くないと思われます。企業側は、雇用を保証するのではなく、いかに社員の成長のための機会を提供することに注力できるか、これが企業差別化の大きなポイントの一つになっていくでしょう。
とはいっても、現在主となる雇用関係を結んでいる会社や組織での仕事を軽んじる、というわけではありません。その現実の仕事を通して、自分が受ける利益(報酬とか教育の機会など)も当然ありますし、自分が逆に価値提供していけるものもあるでしょう。
自分が「自分株式会社」を運営するという視点に立って、親会社である現在就業している会社との委託・受託業務には現在何があり、そして将来はこのようになりたい、という希望を書いてみてください。会社としての機能を考えると、もちろん規模や実績、資金調達、マンパワーなどの様々な経営資源上の違いはありますが、あくまで個人事業主として自分の会社を運営すると考えてみてください。
会社運営ですから、小さくても経営理念から経営方針、そして行動指針を定めるとともに、短期、中長期の事業目標を考えることになります。いままで考えてきたアイデンティティ、価値観(アンカー)、動機などの自己理解の結果を駆使しながら、自分らしい会社を想定してみてください。そして、その土台の上に実際のビジネスを考えてみるのです。
この自分株式会社が、金銭面でも採算を得られるようになれば、物理的にも独立ということになるのかもしれませんが、まずは自分株式会社のキックオフと運営までを目標に、自分らしいキャリア開発を考えていって欲しいと思います。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。