今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「4.集団視点×心からのアプローチ」として、「メンタルヘルス対策について」について考えていきたいと思います。
メンタルヘルス対策について
メンタルヘルス対策について、具体的に管理者のやるべきことを行動レベルで見てみましょう。
1.労働者に対する相談対応
部下からの自発的な相談に管理職として対応します。まずは部下の話をよく聴いた上で、適切な情報を提供し、必要に応じて、社内の産業保健スタッフへの相談や社外の専門医への受診を促します。
2.職場環境等の評価と改善
メンタルヘルス不全者を出さないために、日ごろから職場の現状と問題点を把握し、職場環境等の改善を行います。物理的な環境だけでなく、労働時間、仕事の量と質、職場の役割分担、職場の人間関係、職場風土などを含む広い意味でのストレス原因に対処します。
3.事例性の把握
たとえば、遅刻・早退・欠勤が増える、ミスやトラブルが目立つ、同僚との言い争いが目立つなど、業務遂行上支障となる具体的な事実(=事例性)を把握します。「いつもと違う」様子を把握することにより、早期発見につながります。
4.職場復帰支援
産業保健スタッフや人事労務管理スタッフと連携しながら行います。
上記3の事例性の把握ですが、部下のいつもとの違いに気付くには、「私の嘆き」サインに注目してみてください。
わ・・・忘れっぽい
た・・・退職したい・辞めたいと言い出す
し・・・失敗が増える
の・・・能率(パーフォーマンス)の低下
な・・・泣き言を言う、涙もろくなる
げ・・・元気が無い
き・・・勤怠問題が起こる
精神疾患の発症が疑われたら、管理者はどうすればよいのでしょうか。
まずは、相談機関・専門医の受診を勧めます。その場合、本人に認識があれば別ですが、通常の場合は最初から精神科を勧めても受け入れられない場合がありますので、まずは身体に異常の出ている部位の治療として、身体科の受診を勧めます。原因が精神不調の場合には身体科では治りませんので、その時点でメンタル疾患の可能性を本人にも認識してもらい、通院させるようにします。
通院で治療が不可能な場合は「休職」となりますが、療養期間は人によって様々です。ただ、精神科のドクターは本人の就業環境や業務内容はわかりませんから、本人からの聞き取りで投薬効果を確かめながら治療を進めます。ですから、「とりあえず1か月療養」の診断書が出されたとしても、その根拠は無いに等しく、療養期間は長くなることもしばしばです。
治療が進み、回復基調となってきて本人が職場復帰を希望した場合、基本的には本人の希望とともに、主治医の意見を聞き、産業医との連携で職場復帰の可能性を検討します。いきなりのフル勤務は難しいでしょうから、リハビリ勤務から始めますが、休職時と同じ職場、同じ責任のポストに復帰することは、慎重に考えなければなりません。そこにストレス原因があれば、同じことを繰り返す可能性が高いからです。
メンタル不調が極限にまで達すると、自殺に至ってしまうケースもないとは言えません。
日本の自殺者数は、直近では年間2万1千人程度なのですが、1998年から13年連続で3万人を超えていました。(1日に約100人)
性別では男性7割、女性3割で、動機は健康問題52%、経済・生活問題26%、家庭問題13%、勤務問題8%となっています。(ちなみに交通事故者数は、2020年で2,839人)
日本の自殺者率は、現在減ってきているとはいえ、先進国の中では異例の高さとなっています。(特に日本の自殺者の特徴として、働き盛りの40歳~50歳代の割合が高いことが挙げられます。) 高自殺者率国の共通項は、日照時間が短い、寒い、環境変化が大きい、政治環境が不安定、アルコール依存が多いなどで、特に旧ソ連からの独立国に多くみられます。では日本は、なぜそういう中に入っているのか・・・
それは日本特有の文化にもあるのだという意見があります。日本には、武士道の影響かもしれませんが、「潔さを重んじる文化」が通底にあります。逆にいえばセカンドチャンスが無い、ということです。そのことを示すエピソードをお話ししたいと思います。
大相撲の話です。いまでこそ海外の力士が沢山いますし、横綱、大関も日本人力士の方が少ないですが、日本の国技である大相撲の最高位の横綱に初の外国人がなる可能性があったのは、現在はタレントで有名なハワイ出身の小錦関でした。絶好調の時代の成績を考えれば、彼が日本人であれば横綱昇進もありえたとも思います。
綱取りが意識し始められていたころ、ある取り組みで、行司差し違えで小錦関に土がついたのですが、花道を下がる小錦関はさかんに首を捻って疑義を発していたそうです。そのことをマスコミが猛バッシングして、「潔さに欠ける。横綱としての品格が備わっていない。」と集中砲火を浴びせ、そのゆえ小錦関は精神的にも苦しくなってしまい、綱取りから段々遠のいていった、とのことです。
「個」を殺し「組織優先」みたいな風潮は、いまだに日本に根付いている文化だと思いますし、自分もそういう時代に育ってきていますので自然な感覚なのですが、自分自身のありたい姿(=自己概念)と周囲からの評価があまりにも不一致となってしまう場合には、「個」を発散することが文化的に抑制されている社会にあって、本人のメンタル不調が増大してしまうことは容易に想像できます。
一方で低自殺率国の共通項は、唯一神を崇める宗教的要素が強い国であったり、歌う・踊る・などの発散する文化が基調にあったり、スローフード活動に代表されるような自律を是とする文化であったりすることであると言われています。
パーソナリティが異なる人間同士が、一定の目的や目標に向かって共同生活をするのですから、ストレスが発生しないはずがないです。それをいかにうまく解消しながら自分を維持していくのか・・・。組織の管理者は、それを理解した上での関与をしなければなりませんし、個人レベルでいえば、組織に期待しすぎるのではなく、自ら考え自己調整していくことが必要なのでしょう。
最終的には、自分の心身は自分で守るしかありません。今いる環境がどうしても自分に受け入れられず、このままでは自分が壊れてしまうと感じるなら、他者に迷惑が掛かることを恐れずに、「逃げる」ことも選択肢の一つです。
紙は、一度丸めてしわくちゃにしてしまうと、その後にいくら伸ばしても元通りになりません。それと同様に、人間の心も一度大きなダメージを受けると、そのトラウマゆえに元通りの健康な状態には戻りにくくなってしまうからです。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。