本コラムでは、当社コンサルタントの武田が、「キャリアエッセイ3~自分のミッションを求めて~」と題し、キャリアを考える上でのヒントをご紹介させていただきます。今回は、「自己愛の強い人との付き合い方」をテーマにお伝えします。
自己愛の強い人との付き合い方

自己愛の極端な偏りはパーソナリティ障害であるといわれています。
パーソナリティ障害を教科書的にいえば、「ものごとの考え方や行動が、一般の人と比べて著しく異なっていて、周囲も含めて社会生活に支障が生じるもの」で、3種のクラスターに大別されます。
一つ目は「奇妙で風変り」、二つ目は「感情的で移り気」、三つ目は「不安、内向的」です。
自己愛が強いタイプというのは、分類するとすれば二つ目のクラスターに属していて、このクラスターには他にも境界性パーソナリティ障害(=対人関係が不安定で、自分の感情のコントロールが難しい)とか演技性パーソナリティ障害(=演技的なしぐさで自分に過剰に意識を向けさせようとする傾向が強い)といったものがあります。
このクラスターに共通して言えるのは、「自分はもっと評価されるべき、賞賛されるべき。周囲はわかってくれない。わかってくれる奴はいい奴で、分からない奴は駄目な奴。自分は優秀で特別な存在なのだから。」という思い込みが強いことです。逆に言うと、何等かの事情で常に自分のアイデンティティが不安定で、他者からの愛情を渇望していて、他者の好意も怖さゆえに素直に受け取ることができない、という状態にいるということだと思います。
私の周囲にも、程度の問題こそあるでしょうが、このようなタイプがいます。
頑なに自分を開示することを恐れ、自らは得意分野から動かず、そこから他者を制御するような行動になってきます。
片田珠美さんの「他人を攻撃せずにはいられない人」(PHP新書)を読みました。共通すると思われることも示されていたのですが、こういう人は中々自分を開示しないので、限定された言葉足らずの開示した情報だけで、「なぜお前は俺(私)の言うことが分からないの?」 と身勝手に逆切れするようなことも多い、とのことです。相手の受け皿も千差万別なのだから、相手が分からなければ自分の伝え方が悪いと考えることで、いっとき諍いがあってもお互いの距離を縮めてゆけるわけで、またそれが人間らしい優しさでもあるわけです。
メールなどの文字だけで、1を表示し、10を理解しろ、というのは傲慢ですよね。
これでは周囲は疲弊します。
パーソナリティ障害かどうかは、素人が判断するものではないとは思います。でも現実は、何等か認知し対応しなければ、周囲にいる人間はきついです。
私は、このようなタイプの方と付き合っていくには、「基本的には本人は変わらない、変えようとしても無理」と考えることも必要かと思っています。
私が親であれば、あきらめずに、「人格の欠損は人格によってしか埋まらない」を信じて、命をかけて子供に接していくと思います。それは、社会に出て子供が苦労するからです。
でも、たまたま一緒に社会生活をしている他者であれば、申し訳ないけれども、そこまでの愛情は示しきれないし、そうする自信も無いです。
趣味の世界であれば、自分が組織を去るかその人間を退出させることになるのでしょうし、職場であれば、将来を見越し、成果と周囲への影響度のバランスを考えて、選択をしていく方法になるでしょう。
私は、人間の「情」の部分を重んじる傾向が強い人間です。でも、情熱だけでは間違いも犯してしまうでしょう。「やってもできないことがある」ことを、賢明に判断することも学んでいかなければならないと思っています。






