今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「4.集団視点×心からのアプローチ」として、「メンタルヘルス対策について」について考えていきたいと思います。
メンタルヘルス対策について
集団(組織)視点のキャリア開発の最終テーマとして、「メンタルヘルス対策」についてお話ししたいと思います。
自分らしいキャリア開発を考えていく際に、組織と個人の双方からメンタルヘルス対策を考え、実行していくことは大切なことです。前回のコラム「カウンセリングについて」でもお話ししましたが、人間は様々な環境要因(身体的、物理的、社会的、心理的な諸環境)によって、精神的不調に陥ることがあります。個人的な対応策としては、ストレスコーピングをご紹介しましたが、組織視点ではどのように対応すべきなのか考えていきたいと思います。
まずは日本のストレス、メンタルヘルスの現状を把握したいと思います。
少々古いデータですが、厚生労働省が調査した仕事や職業生活に関する不安・悩み・ストレスの内容を見ますと、トップは「職場の人間関係」、次に「仕事の質」、三番目に「仕事の量」そして「会社の将来性」という順に並んでいます。民間団体が調査した上記より新しいデータを見ても、この内容の大枠は変わりません。
1991年に電通の社員が過労死した事件をきっかけに、そして精神疾患者数の増加を鑑み、国は2000年に「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」を策定し、以降2006年には「労働者の心の健康の保持増進のための指針」を、そして2015年には精神疾患の早期発見をめざすべく「ストレスチェック制度」の実施を義務化しました。
電通過労死事件の判決では、「早く帰宅しなさい」という言葉だけでは労務管理をしていることにはならず、実際に事業者が社員の労働量が適正に保たれるような仕組みを作ることが必要であり、ここでいう事業者とは、取締役を指すだけでなく、現場の物理的な指示命令権を持っていた一般管理職を含むことを明示した点で、その後の労務管理に大きな影響を与えたものと解されています。事業者側の「安全配慮義務」が明示されたわけです。
2000年に出された「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」とは、以下3点です。
(1)事業者は事業場におけるメンタルヘルスケアの具体的な方法等についての基本的な事項を定めた「心の健康づくり計画」を策定すること。
(2)同計画に基づき、次の4つのケアを推進すること。
・労働者自身による「セルフケア」
・管理監督者による「ラインによるケア」
・事業場内の健康管理担当者による「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」
・事業場外の専門家による「事業場外資源によるケア」
(3)その円滑な推進のため、次の取組みを行うこと。
・管理監督者や労働者に対して教育研修を行うこと
・職場環境等の改善を図ること
・労働者が自主的な相談を行いやすい体制を整えること
そして「過労死ライン」として、「月100時間以上の時間外労働か、あるいは直近2~6か月間の時間外労働の月平均が80時間を超える場合」と当時厚生労働省が設定しました。(現在では、この基準に達しなくても認定されるという運用となっています)
2006年の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」は、職場におけるメンタルヘルス対策の重要性をさらに啓蒙する内容です。
そして2015年に制度化された「ストレスチェック制度」とは、年に1度、社員全員に現状の精神的な状況を確認するとともに、高ストレス者と認定された社員は、本人が希望する場合に医師の面談を受け、その指導を基に就業環境改善を事業者側が行うことが義務付けられました。
ここで、事業者側が行うメンタルヘルスマネジメントのそもそもの意義を考えてみましょう。
まず企業は、企業としての社会的責任と法令順守をしなければなりません。法規でいえば労働基準法はもとより、労働安全衛生法や労働契約法上の安全配慮義務を遵守することが必要です。
また、「リスクマネジメント」の面でも大切です。過労死・過労自殺に伴うリスク、事故やミスに伴うリスクなど、関わる事象が発生すれば、社会的な信用を失墜しかねない大問題になります。さらに、貴重な労働力を失うことによる労働力の損失、そして職場や企業内にあたえる動揺や不安など、負の連鎖が広がってしまいます。
このような点から、企業側はメンタルヘルスマネジメントを傍流に位置づけるのではなく、仕事の一環として認識していかなければならないのです。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。