今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「4.集団視点×心からのアプローチ」として、「自己成就予言とピグマリオン効果」「カウンセリングについて」について考えていきたいと思います。
自己成就予言とピグマリオン効果
「自己成就予言」とは、根拠のないうわさや思い込みであっても、人々がその状況が起こりそうだと考えて行動することで、事実ではなかったはずの状況が本当に実現してしまうことをいいます。自己成就予言は、ネガティブなものもあればポジティブなものもあります。
2020年春のコロナウイルス感染が拡大する中で、トイレットペーパーが無くなる、という事態が起きました。マスクが品薄になった経験から、今度はトイレットペーパーかと人々は思いこみ、根拠が無かったにもかかわらず、噂が噂を呼んで品切れになった、ということがありました。
これはネガティブな例ですが、ポジティブな例もあります。
例えば企業の現場で、上司は部下の評価をするのが通例ですが、キチンとした評価内容で、かつその評価内容が自分が想定していたものより高かったような場合、被評価者は自己肯定感が上がり、もっと頑張ろうとしてパフォーマンスがさらに上がる、という好循環になったりします。人間は「期待されていることを感じると、その期待に応えようと通常以上の力を発揮する、ということがよくあります。これをピグマリオン効果といいます。ポジティブな面の自己成就予言ですね。
それでは、組織がネガティブな「自己成就予言」に飲み込まれないようにするには、どうしたらいいでしょうか。
それは管理者が今日の仕事だけではなく、将来の職場構想を示し、目標(ゴール)を明確に設定して、メンバーを鼓舞し期待し続けることだろうと思います。
スポーツの世界でいえば、試合前に「相手は強いから勝てないだろう」と最初から監督が諦めていたら、選手はどう感じるでしょうか。自分たちを信じていないと思うでしょうし、ポジティブな気持ちで試合に臨めませんね。
最後まで、監督(リーダー)は諦めてはいけないのです。もし監督自身がチームに思いを馳せることができないと感じたなら、その監督はチームを去るべきなのだと思います。政治の世界、また企業組織の世界でも同じことだと思います。
カウンセリングについて
人間尊重を中心にした「人間性心理学」を提唱したカール・ロジャーズは、心に病を患って訪問してきた被面接者(=クライエント)に向き合う時、基本的には、解決方法はクラエント自身が持っているので、それを引き出すために面接者(=カウンセラー)は次のようなスタンスで面接に臨むべきであると、以下3つのポイントを示しました。この面談手法を「クラエント中心療法」といいます。
・無条件の肯定的尊重
・共感的理解
・自己一致
無条件の肯定的な尊重とは、どんなにクライエントが矛盾していようと、否定的であったり、敵対的であったり、または好意的であっても、カウンセラーはクライエントを評価することなく、今ここのクライエントのありのままを理解し受容しようとする積極的な態度のことを言います。カウンセラーは自身の価値観や常識に囚われず、クライエントの人格をかけがえのないものとして関心を向けます。
共感的理解とは、クライエントの考え方、感じ方、見方を自分のことであるかのように体験できることです。重要なのはクライエントの世界を「あたかも」自分のことのように感じることであり、同感することではありません。
カウンセラーの自己一致とは、偽りのない真実の姿を示し純粋であることです。今ここでのカウンセラー自身の体験や感情を偽ることなく理解し一致していることであり、カウンセラーは、ありのままの自分を受け入れ、感情を否定や歪曲することなく理解し、クライエントとの面談の中で、違和感が生じた場合には丁寧にクライエントにフィードバックします。
モチベーションの項でもお話ししましたように、人間には能力を発揮したいという「有能性」への欲求、自分でやりたいという「自律性」への欲求、人々と関係したいという「関係性」の欲求があると言われています。これらが満たされていると感じる時、私たちは行動を動機づけられ、生産的になり、幸福を感じます。けれども、長い人生の中では、精神的に辛い状況を彷徨うこともあり、そういう時には人間生来の欲求は鳴りを潜めて、防御的になってしまいます。自らディフェンスを固くしてしまうために、外部との交流が途絶え、ネガティブな思考が自分の内部に充満して、最終的に心を病んでしまうようなことも起こります。
こういう状態に陥ってしまったら、誰かがカウンセリング的な手法で心の荷物を軽減するか、あるいは臨床心理士などの専門家を頼ることも必要かと思います。
特に症状が顕著で、自殺念慮(=自殺に結びつくようなしぐさや言葉が現れている状態)がある場合には、躊躇なく必要な関係者に報告・相談をしてください。帰路なども一人にせず、なるべく寄り添って、極力本人ひとりにしないように配慮をお願いします。
企業内にカウンセリングや心のケアを専門で行う部署、またそれに関わる専門職を設置したり任用することは、(大企業は別として)中々難しいことだと思われます。通常は人事職がメンタルケアも兼ねることになるのでしょうが、人事職というよりも、社員の様子を把握できるのは各々の業務ラインが一番ですから、このようなメンタルケアの主体は、本来はラインで担うことが必要です。また、現在は企業にカウンセラーの設置義務は課されていませんが、キャリアのオーナーシップを個人に委ね、流動化する労働市場で自分のキャリアを頻繁に作り変えていく必要のある時代にあって、その人の「生きる姿勢」についての良き相談者となるカウンセラーは、必要な専門職として企業内に常駐するのが必須になると私は感じています。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。