今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「4.集団視点×心からのアプローチ」として、「人と環境の相互作用」について考えていきたいと思います。
人と環境の相互作用
コラム⑪「認知の癖」の中でお話しましたが、人間の行動は、その人自身の性格や個性によってのみ生じるものではなく、その人を取り巻く環境にも大きな影響を受けます。
アッシュの同調実験を紹介したいと思います。
アッシュは、次のような設定をしました。
まず実験室に8人の参加者を集めます。このうち7人は「サクラ」であり、アッシュの指示通りに行動します。したがって、被験者となるのは残りの1名のみです。次に、図版A、図版Bを参加者たちに提示します。図版Aには1本の線が描かれており、図版Bにはそれぞれ長さの異なる3本の線が描かれています。図版Bの3本の線のうち、図版Aの線と長さが同じものはどれか、参加者に1人ずつ答えさせます。なお、図版Bに描かれた線の長さはそれぞれはっきりと異なり、正解は明らかです。図版A、図版Bを18種類用意し、そのうち12種類の図版においてサクラに不正解を答えさせました。被験者にはサクラが何を答えたかを分かる状態にし、サクラが不正解を答えた場合、被験者の答えがどう変化するのかを調査しました。
この結果、サクラ全員が正解を答えると、被験者も堂々と正解の選択肢を選んだのですが、サクラが不正解を答えると、被験者も不正解の選択肢を選ぶ傾向が確認されました。実験の結果、サクラが不正解を答えた場合、全ての質問に正解を答えつづけた被験者は全体のおよそ25%で、残りの75%は不正解のサクラに同調してしまったのです。
アッシュの同調実験からは学べることは、自分一人で考えるときは正確な判断ができても、集団のなかにいるときは、集団に合わせて誤った判断をしてしまう傾向が明らかになった、ということです。環境要因はそれだけ大きな影響を与えるわけです。
また、上記と同様に環境要因が個人の行動に大きく影響を与えた実験として、「ミルグラムの服従実験」というものがあります。
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「体罰と学習効果の測定」で80名が被験者として参加し,隣室にいる生徒役の回答が間違うたびにより強い電気ショックを与えることを要求されます。もちろん,生徒役に電気は流れていないので苦しんでいるふりをしているだけです。うめき声がやがて絶叫となっても被験者は実験者が「大丈夫です」と言うのにこたえて強くし続けました。最終的に65%の参加者が命の危険がある450Vのショックを与えることになりました。ミルグラムはこの実験をさまざまな状況で行いましたが,61~66%の範囲の人たちが致死の電気ショックを与えたということがわかっています(Blass,1999)。(引用:公益社団法人日本心理学会「ミルグラムの電気ショック実験」)
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この実験は、別名で「アイヒマン実験」とも呼ばれています。
ナチス時代、ユダヤ人を絶滅収容所に輸送する責任者であったアドルフ・アイヒマンは、ドイツ敗戦後逃亡生活をしていたのですが、最終的に戦犯として発見され裁判となります。被告席に見えるアイヒマンは誰もが極悪非道の人間であると想定していたところ、人格異常者などではなく、真摯に「職務」に励む一介の平凡で小心な公務員の姿だったといいます。
このことから、平凡な市民であっても、一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯してしまう可能性を持っている、という環境要因の重要さを表す例として紹介されています。
私たちは、これらの実験からどのようなことを学ぶのでしょうか。集団(組織)においては、特に上位者や管理者の言動による影響力は想像以上に大きいのです。ですから、上位者になればなるほど、集団(組織)が間違った方向に流されないように、またメンバーの意欲をそぐような言動をしないように、自分自身をしっかり制御して任に当たることが大切であると思うのです。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。