今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「4.集団視点×心からのアプローチ」として、前回に引き続き、「モチベーション」について考えていきたいと思います。
外発的動機付けと内発的動機付け
今回は、「外発的動機付け」「内発的動機付け」という角度からモチベーションを考えていきたいと思います。
経営学的視点で動機付けを考える場合に、オペラント条件付け(新行動主義)の考え方は避けて通れないと思います。「頑張った結果何がもたらされるのか」、「反応しただけ環境側が報いてくれるので更に行動を起こす」という、自分自身の主体的な環境への行動を起こさせるような仕組み作りです。
それを踏まえた上で、企業人にとっての外発的な報酬と内発的な報酬を例にとって考えてみたいと思います。
組織の中でのやる気を上げてもらうために、外発的な報酬の効果は重要です。でも、人間はすべて合目的に動くわけではありません。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが述べたように、経済合理性だけで人間は全て動くとは限らないのです。それは、上記の内発的報酬の要素であったり、また事象を超えたその人の哲学だったり正義感であったりもすると思います。
・外発的報酬
昇給、ボーナスなどの金銭的報酬、または昇進、表彰、人からの賞賛や承認、メンバーからの受容、リーダーによる配慮など。
・内発的報酬
達成感、成長感、有能感、仕事それ自体の楽しみ、自己実現など。
ただ企業としては、生み出される価値は色々な種類の価値があるとはいえ、他者と比べて目に見える多くの価値を生み出した社員に対してより大きな処遇をするという、外発的報酬を中心とした評価・処遇制度を活用するのが一般的です。骨折をして松葉づえをついていれば、「大丈夫?どうしたの?」と周囲が気が付きますが、心が折れていてもその痛みが周囲には分からないように、目に見えない価値は、残念ながら短期的には評価しにくいのです。
ただし、外発的動機付けも人的管理に万能ではありません。一般的には効果的に作用しますが、あまり偏ったやり方を行うと、以下のようなマイナス点も生じてしまうことが懸念されます。
(1)報酬が罰になってしまう。
→報酬も罰と同じく、人の行動をコントロールする。また、報酬を通じての働きかけは、欲しいと思っていてももらえない他者を生み出す。
(2)報酬が人間関係を破壊してしまう。
→報酬の受取において、勝ち組と負け組が生まれる。コントロールされる側が、コントロールされていると気付く。
(3)報酬に頼ると行動の理由を無視してしまう
→本来大切なのは、成果を上げられなかったときに、報酬をあげないこと以上に、次はどうやったら良くなるか前向きに検討すること。
(4)報酬が冒険を阻害する
→言うとおりにしかやらなくなる。
(5)報酬に目がいき、やっていることへの興味を失う。
→アンダーマイニング効果。
(6)報酬は使い出したら簡単には引けない。
(7)報酬はそれを得るための手抜き(最短ルート)を選ばせる。
→革新、創造の世界にはつながらない。
私たちは、いくら巨大でも将棋盤の上で「駒」になるよりは、たとえ小さい将棋盤でも「指し手」になってゲームしたいですよね。
自分の成長について自分の基準を持ち、外発的報酬を活用しながらも内発動機を大切に歩みたいものです。
さて、自分らしいキャリア開発を考える⑳「多様性の大切さと難しさ」の項でお話しましたが、「心の利き手」、即ち動機の面から分析を行った心理学者に、マクレランドという米国の心理学者がいます。
マクレランドは、人間には、達成動機(欲求)、権力動機(欲求)、親和動機(欲求)の3つの主要な動機ないし欲求が存在すると提唱しました。管理職のようなマネジメント役割を果たす立場になると、部下それぞれがどのような動機で仕事にドライブがかかるのか、それを把握して部下を育成するとともに、組織としての仕事の成果も得ることが求められます。権力動機の強いタイプに対し、親和的な影響力で仲間と仕事するよう促しても、それが本人の効き手ではないから中々うまくいきません。そういうタイプには、権限と責任を明確にして、一定の範囲を任せることが必要です。また逆に、親和動機の強いタイプには、安心してコミュニケーションが取れるよう環境を配慮し、協働して物事を成し遂げる仕組みを作ってあげることが必要でしょう。
1. 達成動機(欲求)(nAch : need for achievement)
ある一定の標準に対して、達成し成功しようと努力する
2. 権力動機(欲求)(nPow : need for power)
他の人々に、何らかの働きかけがなければ起こらない行動をさせたいという欲求
3. 親和動機(欲求)(nAff : need for affiliation)
友好的かつ密接な対人関係を結びたいという欲求
動機の持ち方は世代にもよると思います。若者ならともかく、壮年期に入ってくるような人間であれば、達成動機が強いだけでは違和感を感じます。何かを「自分の名前で創造する」から「皆とともに次の世代に残す」ような、親和動機的な要素が現れてくることの方が自然でしょう。
我々は、これらの動機の必要性を順位付けするという机上論ではなく、課題の内容によって、その組織の置かれた状況によって、また組織の構成員によって、いかにきれいなハーモニーを生み出せるか、メンバーの動機を活用した総合力向上を考えることがリーダーに求められます。ですからリーダーは、「実務のプロ」ではなく、「人間理解を進んで学ぶような姿勢を持った人」でないといけません。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。