今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「4.集団視点×心からのアプローチ」として、前回に引き続き、「モチベーション」について考えていきたいと思います。
自己決定理論
前回のコラムで、動機付け要素の分類の一つとして「欲求アプローチ」をご紹介しました。今回のコラムでも引き続ぎ「欲求アプローチ」について考えていきたいと思います。
近年、欲求アプローチの代表として考えられているのが、デシとライアンによる「自己決定理論」です。
生来人間は、以下3つの自律的要素を持っているという考えに立っています。
(1)人間は、能力を発揮したいという「有能感」を持っている
(2)自分の意思で自律的に自分の行動を選択したいという「自律性」を持っている
(3)人々と関係を持ちたいという「関係性」を持っている
目に見えない「心」を科学的に捉えようと、心理学者は「意識」に着目して研究してきましたが、その後1960年代は、「行動主義」という目に見える行動を中心に捉えて心を捉えようとする考え方が主流となりました。簡単に言えば、外部からの刺激に反応する「学習」という概念です。
でも人間は、外部からの刺激が無くては自発的に動かない、というわけではありません。内発的動機付け、すなわち自ら考え行動することに欲求を持っているのです。ヘッブの「感覚遮断の実験」、ハーローの「アカゲザルの実験」などでも証明されていますね。
そして、内発的動機付けこそが、本人の成長や高いパフォーマンスを生む原動力となります。
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・感覚遮断の実験
この実験の被験者は、目隠しをされ、耳栓をつけ、手には筒をはめて物を触ることができないようにされます。食事とトイレ以外は柔らかいベッドの上で寝ていることしかできない状況に置かれ、視覚・聴覚・触覚刺激の入力を極力制限されます。でも食事も部屋の温度などの物理的環境は整えられています。
こうした状態が2、3日続くと思考に乱れが生じてまとまらなくなったり、物をきちんと考えることができなくなり、また身体的にも違和感などを訴えるようになります。さらに感覚遮断が続くと、人によっては幻覚が生じたり、妄想的な考えが浮かんでくることもあります。
この実験から、人が正常な心理状態や認知機能を維持し、心身共に健やかであるためにはストレスがまったくないことも良くはなく、適度な刺激にさらされること、そして外界からの刺激に反応して自ら現実世界に働きかけ、関わっていくことが必要であることが分かったのです。
・ハーローのアカゲザルの実験
ハリー・ハーローが20世紀半ばに行った実験があります。
アカゲザルの檻の中に、ちょっとした仕掛けを置いて、サルたちの問題解決能力を探ろうとしました。サルたちは何も強制されていないのにもかかわらず、熱心にその仕掛けを何度となくやりはじめたのです。2週間ぐらいたつと、更にレベルを上げて仕掛けを解くスピードが速くなりました。誰もそのやり方をサルに教えたわけでありません。
これは、食欲、性欲といった生理的な要因でもなく、周囲から与えられる報酬や罰などによる動機付けでもない、別の要因が関係している、と考えられました。
ハーローは、課題に取り組むこと自体が内発的報酬に当たるという、いわば第3の動機付け(内発的動機付け)がサルに備わっていることを発見したのです。
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外発動機と内発動機の関係を考えたのが、自己決定理論です。
一般的に「外発的動機付け」というと、「主体性が無くて悪いもの」のように考えられがちですが、一口に言っても外発動機にもレベルがあります。デシとライアンは、ある行動がどれくらい自律的に生じているかによって、4つの自己調整の段階に分けて考えました。
私たちのやる気を引き起こす動機付けは、自分が決めた程度(自己決定)が大きいほど大きくなります。
また、この自己決定理論で、「アンダーマイニング効果」を説明することもできます。
アンダーマイニング効果とは、内発的動機付けの状態の人に外発的動機付けを施してしまうことで、内発的動機付けが阻害されるとする理論です。例えば、楽しくて絵を描いていた幼児たちが、絵を描く見返りとしてアメなどの報酬をもらうようになると、自律性が低下して、報酬がなければ絵を描かない、といった心理に変わってしまうことです。逆に言えば、「自律性」を損なわず、「有能さ」や「関係性」を高める外的報酬(例えば褒め言葉)を与えることができれば、アンダーマイニング効果は発生しません。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。