今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「3.集団視点×形からのアプローチ」として、「コーチングとは」について考えていきたいと思います。
コーチングとは
コーチングとは、相手の話に耳を傾け、観察や質問、ときに提案などをして相手の内面にある答えを引き出す目標達成の手法のことを言います。(対比語はティーチングで、やり方や答えを直接教えること。)
コーチングの背景には、「人間は誰でも自分自身で答えを持っている。でも、自分の思考や環境影響など、その自分自身の答えを出すのに邪魔をしている要因があるため、それをコーチがそっと除いてあげることにより、本人自ら答えを獲得することができる。」という考えがあります。前回のコラムで記載した「経験の場づくり」で配慮を必要としていた管理者と同じです。
「開発する」という意味の英語はdevelopですが、コーチングは他者の能力を開発する、というニュアンスです。develop語源は、velop(=覆い隠す)ことをde(=否定語)否定するということで、覆い隠しているものを取り去るという意味になります。逆にenvelopは封筒を意味する英語ですが、velopをen(=肯定語)肯定している、つまり封をして周囲から見られないようにする意味になります。
・人間の可能性は無限
・課題に対する答えは相手の中に必ずある
・相手が自ら答えを見つけるためのパートナーに徹する
これがコーチングの考え方の鉄則です。これによって、自分自身で答えを導き出す能力、主体的、自主的に物事に取り組んだり考えたりする姿勢、新しい価値観や新しい答えにたどり着こうとする前向きな気持ちを身に付けることができるのです。
コーチングの効用に関して、過去に近鉄バファローズ(現:オリックス・バファローズ)に在籍し、MLBのパイオニアとして米国で大活躍した野茂英雄投手の話をしたいと思います。
野茂投手は、1990年近鉄に入団し、いきなり初年度に投手4冠王、新人王、MVP、沢村賞を受賞した大スターでした。でもその野茂投手にもスランプに陥るときがありました。
当時の監督は、昭和の大投手であった鈴木啓示さんで、鈴木さんは草魂といわれるほどストイックな努力をして結果を残した人だった故に、選手指導も自己流を曲げなかったようです。野茂選手が不調に陥った際も、言葉もあまり交わさず、ただ「走れ」とだけ指示していたといわれています。下半身を強化し体幹を安定させるのは決して間違っているわけではないのでしょうが、納得が無ければ選手は自ら動きません。残るのは「やらされ感」です。
結局野茂投手は、メジャーリーグに渡るのですが、その渡米についても当時の鈴木さんは、決して応援をする姿勢ではなかったようです。
野茂投手は1995年にドジャーズ入団します。翌年ノーヒットノーランを達成するなど素晴らしい活躍をしていきます。
メジャーリーグでは、選手が不調に陥ったときに、コーチが全てを分析し細かな指示をして矯正するのではなく、なぜ不調に陥ってしまったのか、そこから這い上がる手段はどういうものが効果的なのか、徹底的に選手自身に考えさせるとのこと。そして選手が考えたことに対し、間違いがなければ是認し、そのプログラム遂行を応援し、やってみた結果をまた共に考え修正していく、そういうメンタルコーチングが当時から普通のことだったようです。
野茂投手も、近鉄時代とは異なり、自ら考え修正を試みそれを繰り返す中で、さらなる成長を成し遂げて偉大な実績を残しました。
コーチング的な育成の利点は、再びスランプに陥ったとき、「コーチ指示型」と比べて、自ら這い上がる時間が短いということだそうです。以前のスランプを脱出した際に、もちろんコーチのヘルプはあったにせよ、「自ら考え実行して這い上がった」という自信が身についているからだと言われています。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。