今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「3.集団視点×形からのアプローチ」として、「多様性の大切さと難しさ」について考えていきたいと思います。
多様性の大切さと難しさ
「ダイバーシティ」という言葉が有名になりました。
多様性は大切であるという総論は私も良く理解していますが、異質な人材を組織の総合力に統合・変換していくためには、従来と同じ思考やマネジメント手法では上手くいきませんし、逆に混乱が生じかねません。
とはいえ、同質な人間の集合体でこのまま企業運営をしていれば良いか、という問いに対しては、やはりそれもNoと言わざるをえないでしょう。新しい価値を創造し、他社と差別化した製品やサービスを提供しなければ、この成熟時代に生き残ることは難しいからです。
自分らしいキャリア開発を考える⑭で自分の「心の利き手」を把握する必要性について述べましたが、集団(組織)視点でいえば、マネージャーがメンバー個々の「心の利き手」を把握し、それをポジティブに活かしていくことが大切です。多様性の肝は、個々人の心のドライブが違うということです。
日本はよく「集団主義」の文化であり、欧米は「個人主義」の文化だといわれます。確かにこの面はあると思います。
日本人と欧米人を対象にある実験が実施されました。日本人、欧米人それぞれに、5人の人が正面を向いている図を2枚見せました。1枚目は、中央の人は笑っていますが、他の人は笑っていません。2枚目は、5人全員が笑っている図です。1枚目と2枚目を見せた後に、中央の選手の喜びの中身に違いがあるかどうかを問う実験でした。
結果は、日本人は他の4人が笑っている場合と笑っていない場合には、中央の選手の喜びの程度が異なるというデータが出ましたが、欧米人の場合には、その差異は全く出なかったそうです。すなわち、欧米人にとっては感情は個人のものであるけれども、日本人にとっては感情は集団と切り離すことができないもの、とみなされているわけです。
「集団主義」と「個人主義」の違いを、「安心社会」と「信頼社会」という言葉に置き換えて考えてみます。
安心社会というのは、社会の秩序や決まり事が前提にあるため、いちいち人の個性とか能力とかの変動要素を考えなくても取引ができるような社会のことを言います。その掟を破ったら、その組織にはいられないような「針千本マシン」が組織に具備されているわけです。日本の場合には、そのような社会秩序に守られ、商慣習も非常に複雑なものとなってきた半面、「人を観る」という必要がなかったのです。島国で近世には鎖国が長かったこともその要因としてあげられるでしょう。
ところが、欧米は違います。常に色々な民族が入交り、戦の歴史も常に起こっていましたので、相手が「信頼できるかどうか」という自分の眼を養うことが常に必要だったということです。(=信頼社会)社会システムは個々の取引を保証してくれませんから、個人で信頼というリスクテイクをするしかなったのです。
これが集団主義と個人主義の背景にある社会システムの違いであるともいえます。現代のように、国境が低くなり、物理的な距離を一挙に縮める通信技術の発達がなされるようになると、安心社会のメリットは低くなり、個人主義的な人間観を養う重要性が増しています、まして安心社会は維持コストが高くつきますし、自由な取引という面でも制限がかかってしまいます。
そういう点を考え、多様性を受け入れていかざるを得ないのは理解いただけるかと思います。企業でいえば、多様性を推進させるか否かのポイントは、公平(フェア)を維持するための新しい仕組み作りと、マネージャー層の意識変革なのだと思います。もう世界の中で、日本特区を維持することはできないわけですから。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。