今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「3.集団視点×形からのアプローチ」として、「経験の場づくり」、「学習する組織」について考えていきたいと思います。
経験の場づくり
今回は、育成の観点から考えてみましょう。
若年者を育てていく際に大切なことは、「経験させること」であるということはご賛同いただけるものと思います。人材育成分野では、「7・2・1の法則」というものがあります。「7・2・1の法則」とは、人が成長するために「何からどのくらい学びを得るのか」を示したもので、 7割は仕事の経験、2割は他者からの指導、1割は書籍などから学ぶと言われています。
要するに、「仕事の報酬は仕事である」ということです。ただ、やみくもにOJTで経験させればよいかというと、そこには賢明な経験の場を作る工夫も必要だとのことを示しています。
動物には「臨界期」というものがあり、例えばカモやアヒルなどの離巣性の鳥類が孵化した直後に、初めて会った対象を親と認識して接近したり後追い行動を示すことが明らかになったのですが、これは観察を続けるとこの行動は孵化直後36時間前後しか生起しないそうです。この36時間が臨界期となります。
人間も、言語の習得などは臨界期のような区切りもあるということですが、この考えで若年者への仕事を与える一種の臨界期的なものを考えると、まず30歳前後で「質の高い経験を積み土台を作ること」が大切と言われています。仕事を与える側は、具体的指示は最小限にし、課題提示の場面では丁寧に説明し、あとは側面支援に徹することで、対象者本人が自らの思考行動で課題を成しえたと実感できるようにすることが大切であるとしています。
PTGという言葉があります。これは、post traumatic growth の略で、トラウマとなるような経験の後に、人間として成長を遂げるというものです。これは昔から言われていることで、「艱難汝を玉にす」という言葉があるように、困難や苦しい状況を乗り越えることで人間的成長を遂げることができる、の意ですが、現代はIT技術の進歩や分業化の進展、また勤務地や勤務時間の柔軟化により、若年者にしてみれば上司や周囲がどんな仕事をしているか分かりにくく、今までのように五感で仕入れることのできた情報が少ないまま大きな課題に向かわなければならないことになります。
管理者としては、経験の場を作る際にも、そのような環境変化を十分に考慮しながら、その人にとっての適切な時期に丁寧な課題提示をしたいものです。挑戦しようと思える土台は、上司に対する「心理的安心」ですから。
学習する組織
次に、「学習する組織」というテーマで考えてみたいと思います。
個人視点で「学習」が大切であることはすでに述べましたが、組織自体も学習する体質を持つことが大切です。
高度成長時代、日本は製造業を中心に、「海外から安価な原料を輸入しそれを国内で加工・組み立てを行い、完成品を輸出する」というビジネスモデルをフル活用しました。国力が上昇するに伴い賃金も上昇し、万年インフレ体質は、このまま日本が成長し続ける証とも思われました。しかしながら、オイルショックを契機に成長が鈍化し、昭和末期からは名目GDPがフラットになる成熟国家と変わってきました。
成長を続けている最中は、企業は「前例踏襲」「経験重視」「規模の拡大」が基本となり、その業界での従順な経験者がビジネスの正解を作り出す経営者にふさわしいと考えられました。
でも現在は、誰も正解を作りだすことはできません。従順な企業経営者も、今までの経験や今までの正解が将来の正しい正解になるのかどうか、判断ができません。
では誰が正解を作り出すのでしょうか。誰が方針を決めるのでしょうか。
それでも、基本的に経営者が方針・方向の決断をするのが常道でしょうが、先が見えにくいのに過剰な投資や極端な方針転換などは、よほどの胆力や勇気が無ければできません。
一方で、ビジネスの最前線にいるのは、肩書の無い一般職の社員や主任クラスぐらいまででしょう。これらの社員が末端を支えているわけですが、一人ひとりの役割分担は小さいけれども、目の前で何が起こり、今後どのようになりそうか、それを一番知っているのはこの人たちです。
このゾーンにいる社員が、今後どうしたら自分たちのビジネスが「拡大する」、「効率的になる」、「品質が向上する」のか考え、改善のためのPDCAサイクルをしっかり回したとしましょう。でもこのサイクルだけでは組織の力にはなりません。個々の社員の課題解決が経営課題解決に繋がっていくには、その間にいる主任、課長クラスが、部下たちが考えて回そうとしているPDCAサイクルのプロセスと仮説を汲み取り、それを支援し続けることが重要です。そして、部下たちの仮説を組み合わせて部門レベルの成長仮説に統合していくこと、更にその仮説を他部門メンバーとともに共有することで、全社レベルでの仮説に束ねていくような学習作業が必要なのです。
仮説は、必ずしもすべてが採用される課題になるとは限りません。ですから、たくさんの仮説をスピード感を持って作り、PDCAサイクルを速く回していくことが重要です。
高度成長期には、経営陣が作った大きなPDCAサイクルを部下が黙って回していけばよかったのです。WHAT(=何をすべきか)は経営陣が考え、HOW(=いかにするか)は管理職が考え、それ以外のメンバーはDO(=黙って仕事をする)をしていればうまく会社が回りましたが、現在は、全員がWHATを考えなければ企業の進む道を見出せません。この「全員WHAT構築体制」+「中間職の試行錯誤・仮説の統合作業」ができる組織が、「学習する組織」ということになるのです。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。