今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「3.集団視点×形からのアプローチ」として、「人事評価制度」について考えていきたいと思います。
人事評価制度
人事評価制度に入る前に、集団(組織)ということについて考えたいと思います。
「集団は一般的には2人以上の組織のような人間の集まりであるが、厳密には共通の目的を持ち、目的と目標を共有し、目的と目標達成の為に互助しようと努力し、役割の分担が集団の中に定め、振る舞い方の一定の基準が存在し、集団自己同一視する、と社会心理学においては定義されており、その中でも組織関係、コミュニケーション関係、心理関係だけを挙げて人間関係と呼称する。」(引用:Wikipedia「集団 」)
会社組織もクラブチームも同様で、共通の目的と目標を共有しているのが「集団(組織)」です。特に会社組織の場合には、その目的・目標を達成するための役割分担(水平機能)だけでなく、責任分担(垂直機能)も具備されていることが通常です。そして、会社組織は永続することが前提となっています。労働の対価は賃金で支払われる労働契約がベースになっていますから、上記の組織機能の精度向上や安定運営と労働の対価を測る手段の公平性が保たれていないと、集団(組織)はうまく維持できなくなります。
これらの運営や調整は、通常は人事部のような人事関連の仕事を専門に行う部署が担います。
会社の人事部のミッションは、①労働生産性の向上 ②労働満足の確保ですが、人事評価制度というのは、この2つに非常に大きく影響するものと考えます。以降、人事評価制度について概要を述べたいと思います。
人事制度というのは、100社あれば100社とも異なる制度になりますが、基本的にはその会社の経営理念や経営ビジョンを根幹として、その理念やビジョンに沿った人事制度が作られ運営されていきます。
人事制度には、いくつかの種類があります。
・職能資格(資格等級)制度
・職務遂行能力の発展段階に応じて等級を格付けし賃金等の処遇を行う。
・従来の年功序列に変わる制度として導入。
・役割等級制度
・職能ではなく、ポストや資格の役割に対してペイが決まる制度。
・職務給制度
・すべて職務が明示され、その職務ができる前提で処遇する。欧米流の制度。
職能資格制度では、目標管理的な要素を入れない限り職務とのリンクが少ないため、基本的には保有能力評価が中心となります。当制度では、長期雇用を前提に、多職種の経験を積んで、長い目で総合的に人材育成を行うことが可能ですが、短期勝負には向きません。また、能力評価を基本としているため、降格人事を行うことは難しいといえます。
一方、職務給制度は、職務と処遇がリンクしています。基本的に該当ポスト・席に相応の報酬が付けられていますので、ポスト不在になった場合には、社内だけでなく社外からも埋めることが容易となります。評価も明確となりますが、社内の職種間異動は転職と同じになりますから原則として難しいといえます。有期雇用契約で専門職が前提となります。
人事評価の主なポイントは、①成果評価(過去)、②成長期待(将来)の2点です。
まず①の成果評価ですが、いくら一生懸命仕事をして成果を出しても、努力せずに成果も出さなかった人と同じ処遇しか受けることができなければ、人間はやる気を失ってしまいます。一定期間(評価期間)において、その人の属する等級に求められている遂行能力の程度と比較し、また評価期間のはじめに与えられた目標の達成水準と比較し、その人の成果がどの程度であったのかを公平に評価することが大切です。
②の成長期待ですが、これは将来に向けたその人の成長可能性を高めるものです。人事評価は過去の結果だけを見て評価するものではありません。結果は大切ですし、結果を出せるようにいかに努力するかが求められているのですが、仕事は自分ひとりで行えるものではありません。同僚や上司のサポートの有無、また様々な環境要因によっても成果は変わってくるので、その結果に至ったプロセスも大切になります。また、個人視点のキャリア開発でもお話ししたように、その人の強みや課題点、そして認知の癖やドライブのかかり方などを評価者、被評価者間で良く話し合うことによって、その人の能力や個性を発揮し成長できる可能性を高めることも大切です。
また、上位者が評価の際に留意することとして、自分自身の影響力を常に考えることです。相手の行動や結果に対して良い悪いを評価することは必要ですが、白黒はっきりさせるということは、上位者がたとえ行動や結果という事実に対して評価をしたつもりでも、言い方によってはそれを受ける下位者が、その結果に至った行動だけでなく、その行動に至った思考、それらを含めた自分の能力や気持も否定されたと考えてしまうかもしれません。構成員のキャリア開発を考えるにあたり、評価時に上位者は、下位者の現在立っている立ち位置、成長度合い、経験数などの状況を考慮した言葉を掛けてあげて欲しいと思います。
次にフィードバックの重要性についてお話しします。
評価というと、どうしても上位者が下位者に対して行うもの、というニュアンスが強くなります。確かに会社のような組織は基本的に権力構造となっていますので、権力と同時に責任を持つ上位者が下位者を評価し、出来なかったことに対しては指導するのは当然です。けれども、「その人の背景となっている人生経験・仕事経験が異なる他者とは、立場や思考、感情も異なる」ことを前提として、時間をかけて納得を得られるような「対話」という向き合い方も大切であると思います。
対話ですから、相手の話を聴くことも大切ですが、考えたこと、感じたことを「私は~のように思う、感じた」というようにアイ(I)メッセージで返すようにしたいものです。これがフィードバックの主要なポイントです。評価とは別に、普段からフィードバック的な言葉の投げかけを行えるかどうか、信頼関係醸成には大切なポイントになってきます。
また、行動科学の観点からどうしたら人間は動くのか、「人間の動く条件」ということについて考えてみたいと思います。
PST分析というものがあります。
PST分析とは、対象となる物事がその人にとって
肯定的(P)なものか、否定的(N)なものか
その効果は即時(S)に現れるものか、後(A)になって表れるものか
効果の確実性は確か(T)か、不確実(F)か
それを分析することで人がどれだけ動きやすいかを分析します。
PSTすべて揃っていれば、人がすぐに行動する確率が高いです。でも逆にNAFであれば、どんなに大きな効果が得られると聞いても、中々人は動かないものです。
禁煙を例にして考えてみましょう。
禁煙するとイライラして非常に辛いですからN、禁煙の効果はすぐには表れませんからA、禁煙しなくてもすぐに死なないし、病気になる確率がどれだけ増えるのかも不明なのでFで、NAF揃っているので禁煙は中々成功しないのです。
人事評価についても同じようなことが言えます。
期初の頃に頑張って成果を上げた案件があったとします。けれども人事評価は年1回とか年2回というのが通例ですから、頑張って成果を上げた本人からすれば、数か月経過してリアル感もなくなった頃に評価されても、実感がわかないですね。良い評価にしても悪い評価にしても、タイミングを逸することなく声掛けすることが行動自発率を上げるには必要です。決められた評価形式でなくても簡単なフィードバックでいいのです。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。