今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「2.個人視点×心からのアプローチ」として、「ポジティブ心理学的な考え方」について考えていきたいと思います。
ポジティブ心理学的な考え方
ポジティブ心理学は、1998年当時、米国心理学会会長であったペンシルベニア大学心理学部教授のマーティン・E・P・セリグマン博士によって発議、創設されました。ポジティブ心理学とは、「私たち一人ひとりの人生や、私たちの属する組織や社会のあり方が、本来あるべき正しい方向に向かう状態に注目し、そのような状態を構成する諸要素について科学的に検証・実証を試みる心理学の一領域である」(引用:一般社団法人 日本ポジティブ心理学協会「ポジティブ心理学とは」)と定義されます。
心理学、特に臨床心理学は、歴史的にマイナスの状態にある人を通常の状態に戻すための研究・実践を主に続けてきましたが、マイナス状態の人だけが対象ではなく、「通常の状態にある人がより幸せになるためには」という視点でも捉えるべきと考えられたのがポジティブ心理学だと言われています。
ポジティブ心理学は「幸せ」を追求する学問なのですが、「幸せ」とは、瞬間的な喜びであるhappyの状態のことももちろんですが、「身体的、精神的、社会的に、良好な状態を持続的に保ちながら人生を歩めること」も幸せであるといえます。後者を「well-being的幸せ」といいます。
この2種類のうち、ポジティブ心理学では後者の幸せを追求しています。
Well-beingを高めるための5つの要素を紹介します。
「PERMAモデル」は、マーチン・セリグマン博士が提唱したモデルです。
・P=Positive Emotion(ポジティブ感情)
・E=Engagement(エンゲージメント、またはフロー状態を生み出す活動への従事)
・R=Relationship(関係性)
・M=Meaning and Purpose(人生の意味や仕事の意義、及び目的の追求)
・A=Achievement(何かを成し遂げること。ただし「達成のための達成」をも含むため、必ずしも社会的成功は伴わなくてもよい)
(引用:一般社団法人 日本ポジティブ心理学協会「ポジティブ心理学とは」)
それぞれの頭文字をつなげてPERMAです。
私はこの5つの要素の中で、Mが最も大切な要素であると考えています。人は、その思いや言動に意義を感じるとき、特に自分の存在が他者のために役立っていると感じるときに喜びを感じるからです。
セリグマン博士はまた、「学習性無力感」という概念を提唱してことでも有名です。
「学習性無力感」とは、抵抗することも回避することも困難なストレスに長期間さらされ続けると、そうした不快な状況下から逃れようとする自発的な行動すら起こらなくなる現象のことをいいます。一種の諦めですね。
セリグマン博士は、ゲージに犬を入れて足元に電流を流す実験をしました。一つのゲージの犬は、電流が流れても自ら動けば電流を避けられるような環境にしたのですが、もう一つのゲージの犬は、足元を固定されて電流を避けならない仕組みにしたのです。
結果は、動ける環境の犬は、電流が流れると自ら電流を回避しようと能動的に動くのですが、動けない環境の犬は、最初のうちは逃げようとしても逃げられない現実を悟ると、電流が流れてもそれをじっと受け続けるようになってしまいました。その後足枷をはずして物理的に逃げられるようにしても、電流を避けようとはしなくなってしまったのです。
これを企業組織に当てはめてみましょう。
ある部下が一生懸命考え行動し、もっと職場を良くしようと思い改善提案したとしても、上司がその提案に耳を傾けなかったらどうなるでしょうか。1回だけならまだしも、回数が重なるほどに、その部下は「どうせ自分が言っても聞いてくれない。自分のことなど考えてくれていない。」という気持ちになり、最終的には提案をしなくなってしまうでしょう。一生懸命考えること自体が、無駄なことと感じてしまうからです。自己効力感を失い、無力感を学習してしまうのです。
その結果、その組織は、「言われたことだけやればいい」という受け身人間だけを育てる組織になってしまうのです。上司と対立することは相当なストレスになりますから、自分の生き方や正義を貫くことが曲げられない場合は別としても、誰も自分の心身を病んでまで対立をすることはしたくないですね。レンガ積み職人のたとえ話で出てくる最初の職人のように、お金のために機械的に仕事をする、というスタンスに変わってしまうのです。
私たちは、学習性無力感を一度学習してしまっても、それを色々な手段で回避できるよう考え、間違った学習を棄却(=アンラーニング)するように思考を変えていくことが大切です。PERMAのAである小さい自己効力感を積み上げながら、ポジティブに物事を考え(P)、不要な雑事に惑わされず役割に没頭できる機会(E)を見出し、信頼できる人間関係の中で(R)、自分の与えられたミッション(M)を考えながら歩むことができるのです。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。