今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「2.個人視点×心からのアプローチ」として、「ストレスマネジメント」について考えていきたいと思います。
ストレスマネジメント
現代人は、常にストレスに曝されていると言われています。
厚生労働省の調査においても、働く人の約6割がストレスを感じていると示しています。ストレスとうまく向き合い対処すること無しに、自分らしいキャリア開発を行うことはできません。
では、ストレスを感じたときに、その対象者である個人としてはどのような対処(=コーピング)をすれば良いのでしょうか。
セルフマネジメントとしてのストレスコーピングの方法として4つ対処方法があると言われています。
1つ目は「ストレッサーへの対処」です。ストレスを感じさせる原因となっているものをストレッサーと言いますが、ストレッサーから回避できれば通常はストレス反応は終息します。ストレッサーへの介入が可能であるなら、まずはこの対処法を考えます。
2つ目は、「認知の変容」です。人間は物事の受け取り方により、その物事が快であるか不快であるか変わってきます。
非常にのどが渇いているとき、コップに水が半分入っていたとしましょう。もう半分しかない、と考えるか、まだ半分あると考えるかによって気持ちも変わってきますね。ストレスコーピングも同じで、物事に対する認知を変えることで、ストレスとうまく向き合えることもあります。様々な辛い場面で、その過程を単に「不幸」と考えるか、自分を鍛えるための「試練」と考えるかによっても変わりますし、その事象を起こした「因果」に執着して解決の道を目指すのか、それともその物事の与えられた「意味」を考えるのか、によっても変わってきます。
3つ目は「心の手入れ」です。ストレッサーに介入することも自分の認知を変えることにも限界がある、という事態は私もよく経験しています。社会生活をしている以上、「とはいってもやむを得ないんだよね~」というしがらみは沢山あるものです。
そういう場合には、ストレスを軽減できるような、自分の好きなことに没頭できる時間・機会を自ら作ることです。人間の脳は、いくつものことを同時に考えることはできません。ですから、苦しいことを考えているときは苦しいことが、楽しいことを考えているときは楽しいことが頭の大半を占めますから、楽しいことを考えそのことに浸る機会を作るのです。もちろん、根本的な解決には至らないのですけど、ストレス状態(=緊張状態)が長く続くことは、人間という動物にとって非常に危険です。緊張を弛緩させることが大切です。
ここで、ストレスの状態がどのような影響を身体に与えるか考えてみましょう。
ストレス状態というのは、「戦闘モード」でいることと一緒です。人間は刺激に対しては、基本的には「戦うか逃げるか」の二者択一ですから、ストレスに堪えている状態というのは戦闘モードにあたります。戦闘では、敵にやられては生存できませんから、神経系ではアドレナリンが出て興奮し、交感神経が優位になります。逆に言えば、消化とか睡眠とかの副交感神経系の働きは緩慢になってしまいます。それを身体は自己調整しようと無理をするために、消化促進を無理にしようとして胃液が過剰に出されたりするので、胃潰瘍などの消化器官にも影響が出てしまいます。また、戦いで傷つき出血による損傷を防ぐため、ストレスがかかると末梢血管にはあまり血液を回さず、逆に運動機能を向上させるため、酸素供給を盛んにするための心臓のポンプが過剰に働きだします。当然心臓には負荷がかかります。また、免疫系や内分泌系の機能低下も生じますので、ウィルスに対抗する力も弱くなり、風邪をひきやすくなったりします。
でも、生きるか死ぬかの人生を掛ける状況においては、自らにストレスを掛けて自分自身を守ることは必要です。人生には勝負時というのはありますから。大切なのは、常にストレスを感じていると身体も心も負担が大きくなってしまいますから、緩急を自らつけられるような制御をすること、その間緩急のスイッチを上手く操作することであるといえます。
ストレスコーピングに戻ります。
最後4つ目のコーピングは、「社会的資源の活用」です。色々対応してもなかなかストレスから逃れられないこともあるでしょう。その場合には、友人や信頼できる人に話を聴いてもらったり、心理士の先生のカウンセリングを受けたり、または精神科で適切な診療と処方をしてもらうなども一案かと思います。私自身は役割上、会社においては他者の話を聴く場面が多く、自分の本心を聴いてもらう機会が中々無いので、定期的に臨床心理士の先生のカウンセリングを受けて、自分の認知の偏りが無いかどうか、また自分の歩む道を自己決定できているかどうか、フィードバックをいただいています。
ここで、ストレスから派生するテーマについて取り上げたいのですが、「精神疾患、特にうつ病の発生」について皆さんと考え、ストレスコーピングの必要性を今一度確認する機会にしたいと思います。
私は神経伝達についての専門家ではありませんので詳細はお伝えできませんが、人間の脳の神経細胞の数は、1000億とも2000億とも言われています。神経細胞は細胞体と軸索からなっていて、軸先の尖端が隣の細胞体に神経伝達物資を浮遊させて連結するような伝達をしています。一種の電気信号を送っているわけです。
ストレスが過剰になると、想定していない量の神経伝達を行おうと過剰電流が走り、このままではショートしてしまうという自己防御反応から自らブレーカーを落として電流を止めるような、そういう生体反応が「うつ病」と呼ばれるものです。
ブレーカーを落としているために回路が繋がっていないので、思考は停止して、ぼーっとしてしまったりいつもできることができなくなったり、そういう悪循環から自身の生きている価値まで考え込んでしまったり、無力感に苛まれたりしてしまうのです。
多くはストレス過剰になった場合、精神疾患になる前に、まずは体調に影響が出てくるケースが多いです。その状態を心身症といいます。頭痛、呼吸器疾患、胸の痛み、お腹の不調などが表れ、身体科で診察して投薬してもらったとしても、精神疾患が原因の場合には、身体科の領域では治癒しません。そこで初めて精神科を訪れるという図式が一般的に見られます。
うつ病の場合には、落ちてしまったブレーカーをゆっくりと時間をかけて無理なく上げていくような治療をします。すなわち、休養と神経伝達機能を回復する投薬です。
ただ、うつ病の場合には、再発率は50%とも言われ、一度落ちたブレーカーは、落ちることが癖になってしまうことも指摘されています。ですから、精神的な不調を感じ、並行して身体的にも何らかの異常が出ている場合には、勇気を持って周囲に相談したり専門家に診てもらうことが必要と考えます。ブレーカーが落ちてしまってからでは、修復に一定の時間がかかるからです。
職場としてのストレスマネジメントについては、集団視点のキャリア開発のコラムでお話ししたいと思います。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。