今回は、キャリア全体像の4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)から、「2.個人視点×心からのアプローチ」として、「自己理解と他者理解」について考えていきたいと思います。
自己理解と他者理解
私たちは社会生活をする上で、他者との協働作業は欠かせません。人間は集団で物事を成しえることにより、他の動物よりも繁栄しDNAを残してきているのですが、自分と同様に独自の思考・感情を持つ他者の心を感じることが大切であり、その能力を発展させてきたわけです。
その点で「他者理解」が必要になってくるのですが、私の経験では、他者理解のためには「自己理解」が必要で、自己理解できるところまでしか他者を理解することはできない、と考えています。
「自分がされて嫌なことは他者にはしてはいけない」と親から教えられて育った方も多いと思います。もちろんこれは優しさの基本型ですね。しかしながら、「自分が大丈夫なことは他者も大丈夫である」という逆の命題は成り立つのでしょうか。自分が指示された仕事は、どんなにきつくても納期通りにやろうとするタイプもいれば、出来ない理由を考えて無理をしないタイプもいるでしょう。
例えば前者のようなタイプが上司、後者のようなタイプが部下だったとすると、上司からすれば、「やる気の無さを屁理屈で固めている部下」と映ってしまうかもしれません。その上司からすれば、「徹夜してでも仕上げるのがプロなんだ、指示されたらツベコベ言わずやるのが当然だ」というのが正論だからです。でも、部下には部下の生活や仕事のやり方があるのです。「自分が大丈夫でも、他者は大丈夫でないかもしれない」というところまで自分の思考を掘り下げられるかどうか、それが自己理解、他者理解の大切なところです。
心理学で「誤信念課題」というテーマがあります。サリーとアンのテストとも呼ばれています。
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ここに「かご」と「箱」があります。
サリーはアンが見ているところで、ビー玉をかごに入れました。
サリーがお散歩に出かけた後、アンはかごからビー玉をとりだして、箱に入れました。
戻ってきたサリーは、ビー玉で遊ぼうとします。
さて、サリーはかごと箱のどちらを見るでしょうか。
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お分かりの通り、「サリーはかごを見る」が正解なのですが、この他者の心を考えるという「心の理論」を持てるようになるのは、4歳児くらいからだそうです。3歳児くらいまでは、アンがかごから箱へ移した行為をサリーは見ていない、という事実を自分だけが知っていることについて客観視できないのです。
他者理解は、他者の動機や価値観を知ることによって思考の癖を掴むことといえますが、それはすなわち、自分自身の動機や価値観をしっかり自己理解することによって掴むことができるようになるのだと思います。「他者理解は自己理解から」です。
そこで、簡易な自己理解のツールをご紹介したいと思います。
まずは「20答法」という方法です。「私は○○です」という自分を表すことがらを、短時間で20ケース書き出してみてください。できれば5分くらいで書き出してみてください。
20答法では、書きだしていく初めのうちは外面的、表面的特徴に関する記述が多くなりますが、段々と意識化された欲求や内面的な部分に触れる表現が出てきます。そして無意識下における自分自身の思いも出てくる場合もあります。自分のアイデンティティの重心に気付くこともあるでしょう。また、肯定感情に基づくものか否定感情に基づくものかによっても、現在のエネルギーレベルが見えてきます。
できれば、このワークを行う際に、自分のことを開示しても大丈夫な信頼できる他者に、フィードバックをもらえるといいですね。自分自身が気が付かない自分の世界を照らしてもらえると思います。
さて次に、「動機」の角度から自己理解、他者理解に触れてみたいと思います。
動機はモチベーションとも言われますが、その人をある方向に向けて行動させる大きな要因のことです。モチベーションについては、集団視点のキャリア開発の項で、組織と個の関係を織り交ぜながら詳細を述べたいと思いますが、ここでは、人によって基本的に持っている動機が異なることを理解しておきたいと思います。
動機には、「達成動機」「パワー動機」「親和動機」「自己管理動機」「切迫動機」など色々な動機があります。動機にはまった場合に「ドライブがかかる」というような言い方もします。
「達成動機」や「パワー動機」が強い人は、ビジネス界では頭角を現す人に多いです。ビジネスは結果が勝負ですから、その過程にあまりフォーカスしてしまうと、事業家としてスピード感が落ちて勝負機会を逸してしまうからです。目標志向が強く、権威に対しても敏感になります。でも、ビジネス界にはそういう動機を持った人だけではありません。隙あらば仲間の首も取ってやろうというような殺伐とした環境ではなく、同僚との信頼関係の中で落ち着いて仕事がしたいというような「親和動機」が強い人もいます。また、自分で決めたことは自分にやらせてほしい、という「自己管理動機」の強い人もいます。一種の「鍋奉行」のようなタイプです。また「切迫動機」が強い人もいます。私はそのタイプの一人です。
なぜ、自己理解と他者理解のところで、種々の動機があることを知ることが大切か、私の身近な事例を挙げてお話ししたいと思います。
私は切迫動機が強く、やるべきことが生じると、明日ではなく今日中に終わらせたくなってしまいます。今ではさすがにその傾向も自分で制御できるようにはなってきましたが、若いときは極端なところもありました。明日になったらまた新しい課題が生じるかもしれないし、風邪をひいて出勤できなくなるかもしれない…などと考えてしまうからです。学生時代も、夏休みの宿題は夏休みに入る前にできるだけ終わらせるような学生でした。
今でも根っこは同じです。ですから、メールで指示を出したりお願いした案件に対し、相手からすぐに返信が無いと、「なんて呑気な奴なんだろう」という思考になってしまうのです。でもメールを受領した人間は、50%の出来栄えですぐに返信するよりは、100%に近い解答を作ってから返信しようと考えているかもしれないわけで、そこには自分に対する敵対とか嫌悪があるわけではないのです。そう分かっていても、メールを受領した確認とか、その指示に対する基本的な考えとか、およそのスケジューリング感であるとかを即返信することがセオリーだという考えが私には強いゆえ、極端に言えばその対応傾向で、好き嫌いまで影響してしまいます。でも、そういうのが個人の動機の世界なのだと感じています。
逆に考えれば、他者の動機を知ることで、同じ結果を出すにしても、その過程や方法で共感できれば、協働して仕事はしやすくなるということです。
部下は同僚や上司の動機の癖を、また組織のリーダーは、メンバー個々の動機を知ることを努力して、人により適切な対応を考える必要があると思います。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。