1回目のコラムでキャリア全体像にて、4つの視点(1.個人視点×形からのアプローチ、2.個人視点×心からのアプローチ、3.集団視点×形からのアプローチ、4.集団視点×心からのアプローチ)をご紹介しました。ここから、4つの視点における各要素について考えていきたいと思います。まずは「1.個人視点×形からのアプローチ」として、「テクニカルスキル」について考えていきたいと思います。
テクニカルスキルの向上
会社はボランティアの集団ではありません。利益を確保できなければ会社は存続できませんから、構成員である社員は、自分の労働力を提供し会社に対して価値を生み出さなければなりません。そしてその見返りとして賃金を得るわけです。すなわち、価値を生みださなければ、原則としては雇用契約を継続できないのです。その価値を生み出すために、各職場で求められるスキルを早く習得し、そのスキルを仕事に使えるようになることが大切です。
「働く際に必要となる能力と態度」は、3段階あります。
1段階目:動機付け(自己動因、他者動因)
2段階目:対人基礎力・対自己基礎力・対課題基礎力
3段階目:専門的な知識・技能
「専門的な知識・技能」とは、すなわち「テクニカルスキル」です。自分らしいキャリア開発のスタンスとしても申し述べましたが、日々の努力により、仕事に必要な専門的な知識・技能を習得できるようになることがプロとしての一歩です。
ただひと昔前は、同じスキルを修得するにも、助走期間が必ずといっていいほどありました。例えば、コピー機の完成度が低かった時代には、コピー取りは新入社員の仕事でした。「コピーを取るために会社に入ってきたわけではない」と思う一方で、コピーしていれば嫌でも紙の内容を見るわけですから、仕事に付帯する情報を体感的に習得出来たりもしました。また、コンピュータもあまり普及していなかった時代には、自分の背中を見せて伝承していくのが通常の引継ぎや育成でした。ゆえに、一人前に育てるには、それなりの時間がかかるもの、という暗黙の了解があったわけです。
けれども現在はどうでしょうか。そういう助走期間は全くと言っていいほど無いといっていいでしょう。新入社員でも、配属された直後から高度な仕事を任されるし、基礎トレができている前提、すなわちITリテラシーや関連業務知識がある程度所持しているものという前提で扱ったりされるのです。そうでないと、仕事全体が回らなくなってしまうし、マネージャーも実務をこなさなければ追いつかないのが現代の典型的な組織といっても過言ではないですね。
そういう状況ですから、自分らしいキャリア開発を考える上で、まずはさておき実務に必要なテクニカルスキルを修得することは、優先順位の筆頭に来ざるを得ないのが現状だと思います。
けれども、テクニカルスキルは持っているだけでは成果に繋がりません。それを上手く使えなければなりません。「働く際に必要となる能力と態度」の2段階目「対人基礎力・対自己基礎力・対課題基礎力」は、それを示しています。
テクニカルスキルを持っていても、他者と普通にコミュニケーションができなかったり、自己愛・自己中心性が強く、周囲がその人間を受け入れなったりする場合には、そのスキルは活きません。また言われたことはまじめにするけれども、他人に対する依存心が強く、新しいことに全くチャレンジしないようなタイプは、技術革新のスピードが速い現代において、所持しているスキルがすぐに陳腐化してしまって、求められる仕事をうまくこなしていくことができなくなってしまいます。これが2段階目の「対人基礎力・対自己基礎力・対課題基礎力」の部分です。
また、基本的には自分や他者を動かすエネルギーが乏しい場合には、スキルや能力は「絵に描いた餅」になってしまいます。後述しますが、モチベーションや対人影響力というのは、仕事をする上で基本的なOSに当たる基本的な要素であると考えます。
テクニカルスキルに関してもう一つだけお話しさせてください。従来は、他者との差別化を図るための専門分野は1つでも十分に通用しました。例えば、英語力がある、という強みは、ビジネスの現場では相当の武器になった時代がありました。しかしながら、現代では得意分野や専門分野は、1つでは足りない時代になってきています。逆に言えば、その専門分野を強みとして持っている人間は、自分以外にもたくさんいるということです。これは個人のレベルを超えて企業のレベルでも言えることで、これと言って何も取り柄がないバランス企業、また一つは尖ったものがあるが、あとは平均であるような企業は、今現在優位性があったとしても、すぐに追いつかれてしまうことは容易に想像できます。自分の周囲だけが、永久にブルーオーシャンであり続けることはもはや神話なのです。
複数の専門分野や得意分野を持ち、それを掛け合わせることによって、その人にしかない、あるいはその企業にしかないユニークなキャリア、ユニークな独自性を発揮していくことが求められると思います。
さて、その自分らしいキャリアを考えていく際に、変化のトレンドについて考えていきたいと思います。
図1は変化のトレンドについてまとめたものです。いずれも、今まで重要な指標だと思われていた要素は、段々と違う様態に変化していっていることを実感できるのではないでしょうか。特に「蓄積」から「循環」への変化というのは、SDGsを始め、たとえ今現在のその国だけで見れば合法であっても、将来の地球規模で見たときに問題になる可能性があるなら、富や幸せを特定の人間の間でホールドすることは許されることではない、という声が大きくなってきました。石化製品の廃棄物しかり、カーボンニュートラルもその典型かと思います。「所有」ではなく適切な「シュア」をすることが重視されてきているのです。
次に、働くに際しての大切なマインドセットについて触れてみたいと思います。
会社は、ただ単にボランティアで成立しているのではありません。経営理念に基づき経営目標が定められ、一定の利益を上げて納税し、組織存続を目指します。社員には賃金という形で労働の対価を支払います。社員は労働を通して、会社に価値を提供しますが、その過程を通して、社会に貢献するとともに自分自身の成長実感も得ていく、それが民間企業のあり方かと思います。
労働の対価で得る賃金ですが、ご自身の皆さんは時間給を計算されたことがありますか。元来が時間給である方は明確なのでしょうが、月給制で賞与もある方で、月や季節によって実質労働時間が変動するような方は、是非とも一度計算していただければと思います。
その際に大切なのは、人件費というのは、給与明細上に書かれた総支給額だけを意味しません。法定・任意の厚生費や退職金までを含めて計算しなければなりませんので、通常は総支給額の1.5倍をその人の賃金見合いとして計算します。
それによって時間当たりの単価が算出できますが、この数字をどうか意識しながら日々の仕事に取り組んでいただきたいと思います。
また、会社で顔を合わせるメンバーは、通常は社員同士や一部の取引先の方々しかいませんが、それぞれの社員には家族がいて、その家族が社員の収入で生計を立てているケースも少なくありません。一方、これだけサプライチェーンが切っても切り離せないような成り立ちをしている現代では、社員とその家族だけでなく、取引先をも含めた共同体が、共存共栄を図っている、といっても過言ではないと思います。私たちは「顔の見える仲間だけ」で仕事をしているわけではなく、自分の個性やユニークさを大切にしながらも社会の公器として社会の一翼を担っていることも忘れてはならないと思います。
■執筆者プロフィール
武田 宏
日清製粉グループオリエンタル酵母工業にて海外貿易業務に従事。その後同社にて人事制度改革プロジェクトに参加し、「人」という経営資源のあるべき姿について学ぶ。2001年株式会社ニッペコに入社。海外企業(独)との資本・業務提携のプロジェクト遂行、人事・経理・情報システム等の管理部門責任者を経て、現在は人材育成・社員相談業務を主とするキャリア支援室室長を務める。合わせて社長付として経営補佐の任も担う。
支援人事、キャリア開発支援に携わり15年が経過。現職の傍ら、現在放送大学大学院にて臨床心理課程で「心」を学び、組織視点だけでなく個人視点での成長にコミットできるよう研鑽を重ねている。
2020年よりタラントディスカバリーラボ代表、㈱セイルコンサルタントとして、キャリア開発支援活動を開始。